2016年03月16日

ミロスラフ・クローゼ(Miroslav Klose)〜ミスターフェアプレー〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はミロスラフ・クローゼ選手です。

ポーランド・オポーレ出身のドイツ代表サッカー選手。ポジションはFW。セリエA・ラツィオ所属です。
ドイツ代表での出場は歴代2位、得点数は歴代最多。FIFAワールドカップでの通算得点数16は歴代最多の記録である。

父はAJオセールなどでプレーし、ポーランド代表経験も持つ元サッカー選手ユゼフ・クローゼ 、母はポーランド代表で82試合出場した元ハンドボール選手バルバラ・イェジュ。妻はポーランド出身のポーランド人。祖父のエルヴィン・クローゼはシレジア地方出身のドイツ人で、第二次大戦後にシレジアがドイツ領からポーランド領となってから(旧ドイツ東部領土参照)もそのまま定住した。家庭ではドイツ語でなくポーランド語で話している若い頃に大工の資格を取得している。




カイザースラウテルン時代は、プロになるまで大工のアルバイトをしていた。これは父の「何か手に職を持っておけ」という言いつけによって大工の職業訓練を受けていたためである。
フランツ・ベッケンバウアーはクローゼを「クロージーニョ」とあだ名している。
ゴールを奪うと、前方宙返りでその喜びを表現することから、「サルト・クローゼ」と呼ばれている。
2005年4月30日、ブレーメン対ビーレフェルト戦では0-0の時点で自らが得たPKに対して、「自分が倒れただけで、PKではない」と審判に申告し、PKと相手選手への警告を取り消させた。その後、試合はクローゼ自身のゴールもあって3-0でブレーメンが勝利した。このプレーによってクローゼはドイツオリンピック委員会選定の「フェアプレー賞」を受賞している。
2012年9月26日のラツィオ対ナポリ戦では、0-0の前半3分にCKからネットを揺らしたが、ナポリの選手がハンドをアピールして猛抗議すると自らハンドを認め、主審はゴールを取り消した。試合後、ナポリの主将であるパオロ・カンナヴァーロは、「クローゼの行動は、賞が与えられるべきものだ」とそのフェアプレー精神を称賛した。
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2014 FIFAワールドカップ・決勝では先発出場した。 同戦はW杯史上最多7回目の対戦組み合わせであるアルゼンチン戦であり、決勝での同カードはこれもW杯史上最多の3回目[20][21](86年メキシコ大会・90年イタリア大会)、決勝での戦績は1勝1敗、加えて両者とも当時2大会の直接対決以後優勝から遠ざかっており、因縁の対決ともなった。
更に同戦は直近2大会の準々決勝(2006年大会準々決勝および2010年大会準々決勝)で実現しているカードであり、クローゼは両大会ともアルゼンチンからゴールを奪っている。直近2対戦は何れもドイツが勝利しており、クローゼはアルゼンチンキラーとしての活躍も期待された。
結局クローゼはこの決勝では自らゴールネットを揺らすことは出来ず、スコアレスのまま延長に突入する直前の後半43分にマリオ・ゲッツェと交代。この際ゲッツェに「おまえならできる」と話している[23]。過去3大会の好成績を支えながらもあと一歩で母国の優勝の栄光を逃してきたクローゼからバトンを受け継ぐような形で、22歳のゲッツェは延長後半8分にゴールを決めた。これがこの決勝戦唯一のゴールとなり、試合は1-0でドイツが勝利。4回目24年(6大会)ぶり・南米開催大会では欧州勢史上初の優勝を果たした。
【動画】

総合評価
攻撃力【8】
守備力【4】
センス【7】




posted by よしき at 05:00| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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