2016年05月02日

ディエゴ・ミリート(Diego Alberto Milito)〜決定力抜群のスタローン〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はディエゴ・ミリート選手です。
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アルゼンチン・ブエノスアイレス州ベルナル出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。元サッカー選手ガブリエル・ミリートは弟。愛称の「エル・プリンシペ(王子)」は、80年代から90年代に活躍した元ウルグアイ代表で、リーベル・プレートに在籍したスター、エンツォ・フランチェスコリに容姿がそっくりであることに因んでいる。

アルゼンチンのビッグ・クラブのラシン・クラブの歴史において、最大のアイドルの1人とされている。
1979年に彼が生を受けた時、父親はディエゴ・アルマンド・マラドーナにあやかってディエゴ・アルマンドと名づけようとしたが、妻や親族に反対されたため、ディエゴ・アルベルトという名になった。
家族中がCAインデペンディエンテのサポーターだったが、弟のガブリエルに対するライバル心からラシン・クラブを応援するようになり、9歳でラシン・クラブの少年部に入団した[3]。14歳で9軍(下部組織の一番下のカテゴリー)に入団し、1998年に4軍(1軍のすぐ下のカテゴリー)でリーグ優勝したことから1軍に昇格し、1999年12月11日にトップチームデビューを果たした。2001年のアペルトゥーラでは、35年ぶりのリーグ制覇に貢献した。
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常にFWとして安定した結果を残し高い評価を得ながらも、優勝を狙えるクラブでプレーをしないまま30歳を迎えたが、シーズン終了後ティアゴ・モッタとともにインテルへ移籍した。 2009-10シーズンはモウリーニョ監督から絶大な信頼を受け、ほぼ全試合にスターティングメンバーとして出場。サミュエル・エトオ、ゴラン・パンデフと3トップを組み、インテルのエースストライカーとして活躍。また圧倒的な勝負強さを誇り、チェルシーやACミラン、FCバルセロナ等のビッグクラブ相手にゴールを決めた。コッパ・イタリア決勝戦のASローマ戦でも決勝ゴールを挙げたミリートは、セリエA優勝がかかった2010年5月16日のシエナ戦でも決勝点を挙げ、「間違いなくキャリアでもっとも重要なゴールだ」と語った。このシーズンはチームトップ、リーグ2位の22得点を挙げた。
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2009-10シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ決勝では、バイエルン・ミュンヘンから2ゴールを挙げ、チームを優勝に導き、UEFA年間最優秀選手賞を受賞した。2011年1月、オスカル・デル・カルチョの最優秀選手賞と最優秀外国人選手賞をW受賞した。

【動画】

総合評価
攻撃力【9】
守備力【5】
センス【8】


posted by よしき at 23:00| Comment(0) | アルゼンチン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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