2016年02月10日

ジェイムズ・ミルナー(James Milner)〜プレミア1の器用貧乏〜

無題.png
こんにちわ

本日紹介する選手はジェイムズ・ミルナー選手です。

イングランド・ウェスト・ヨークシャー・リーズ出身のサッカー選手。プレミアリーグ・リヴァプールFC所属。イングランド代表。ポジションはミッドフィールダー。U-21イングランド代表の最多出場記録(46試合)保持者である。

両足を使い分ける器用さにサイドを疾走する高速ドリブルや冷静さを持ち合わせる。両サイドでプレーが可能で、クロスの精度も良く時折見せる強烈なミドルシュートが魅力の選手。ポール・ガスコインを憧れの選手に挙げている。

ダーツが得意で、世界王者フィル・テイラーと対戦したこともある。

小学校時代はクリケット選手としての才能を認められており、さらに短距離走や長距離走で地区記録を出したことがある[1]。リーズ・ユナイテッドFCのユース時代は、トップチームのMFデヴィッド・バティのような選手を目指しており、自身の本職はセンターハーフだと語っている。

2002年11月にリーズ・ユナイテッドFCからデビューを果たすと、12月26日のサンダーランドAFC戦で得点し、ウェイン・ルーニーが持っていたFAプレミアリーグ最年少得点記録を更新した。このときミルナーは16歳357日で、2ヶ月前に達成されたルーニーの記録(16歳360日)を3日塗り替えた。この記録は現在はエヴァートンFC所属のジェームズ・ヴォーンが保持している。サンダーランドAFC戦の2日後のチェルシーFC戦でもゴールを決めた。2004年7月7日、クラブがFLチャンピオンシップ(2部)に降格し、さらに財政難に陥っていたために、ニューカッスル・ユナイテッドFCに売却された。この際、「ベンチに置かれ、才能がつぶれるのでは」との声が聞かれたが、その噂を打ち崩す活躍でレギュラーを奪取した。

2008年8月29日に契約内容の問題でニューカッスルを退団し、アストン・ヴィラFCへ移籍した。2009年夏にセンターハーフのギャレス・バリーがマンチェスター・シティに移籍し、ウイングが本職のスチュワート・ダウニングがミドルズブラFCから加入すると、自身が望んでいたセンターハーフにコンバートされた。2009-10シーズンは36試合に出場して7得点を決め、プレミアリーグの最優秀若手選手とベストイレブンに選ばれた。

2010年8月18日、スティーヴン・アイルランド+1800万ポンドのトレードでマンチェスター・シティFCに完全移籍した。

マンチェスター・シティFCからの再契約のオファーを断り、自身が希望する中央のポジションで出場機会を得るために2015年6月4日、リヴァプールFCへの移籍が発表された。2014-15シーズン限りで5年間の契約を満了していたため、フリー移籍となった。ミルナーは「この移籍の決断が僕にとって良いものになると信じている。多くの試合に出場し、このクラブが進める改革を達成するのに貢献したい」と意気込みを語った。背番号はルイス・スアレス、またレッズの伝説的な選手であるケニー・ダルグリッシュやケビン・キーガンの着けていた7番に決定した。背番号について「7番がこのクラブで特別な意味を持つことを知っている。僕もこのクラブの特別な選手の仲間入りするために最善を尽くすよ」と抱負を語った。

2009年8月8日、イングランド代表のファビオ・カペッロ監督に初招集されて8月12日のオランダ戦でデビューすると、いきなりFWジャーメイン・デフォーの得点をアシストする活躍を見せた。11月のブラジル戦でも安定したプレーを見せ、監督からの評価を絶対的なものとした。

2010年6月1日、2010 FIFAワールドカップに出場する23人に選ばれた。グループリーグ初戦のアメリカ戦は精彩を欠き、31分に途中交代させられたが、3戦目のスロベニア戦ではデフォーの決勝点をアシストするMVP級の働きを見せた。

2012年9月7日の2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選のモルドバ戦で代表初得点を挙げた。
【動画】

総合評価
攻撃力【7】
守備力【7】
センス【7】


posted by よしき at 17:00| Comment(0) | イングランド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。