2016年03月14日

メスト・エジル(Mesut Özil)〜サッカー選手として支障がない範囲でラマダーンも行っている〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はメスト・エジル選手です。

ドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州ゲルゼンキルヒェン出身のサッカー選手。ドイツ代表である。アーセナルFC所属。ポジションはMF。トルコ系移民の3世で、両親はともに黒海沿岸のゾングルダク県にルーツを持つ。オジル、エツィルなどとも表記される。

イスラム教を信仰しており、代表戦の試合前にドイツ国歌ではなく「心の平穏が得られる」としてクルアーンを心の中で唱えたことが話題になった。これに関してフランツ・ベッケンバウアーが「私が現役時代の頃は、皆で国歌を歌って士気を高めたものだ」と批判したが、エジルは「特に必要と感じない」とコメントしている。また、サッカー選手として支障がない範囲でラマダーンも行っている。
2014年6月、アメリカの経済誌フォーブスは世界のアスリートの年収を公表した。エジルの年収は1850万ドル(約18億9000万円)であり、世界のアスリートの中で89位。サッカー選手の中では13位。

幼少期は、金網で囲まれた「サルの檻」と呼ばれるコートでストリートサッカーをしていた。7歳の時に、ゲルゼンキルヒェンにあるクラブでサッカーを始め、2000年から5年間ロートヴァイス・エッセンのユースに在籍し、その後シャルケ04のユースに移った。2006年夏にトップチームに昇格し、2006-07シーズン第1節のアイントラハト・フランクフルト戦でデビューした。DFLリーガポカールのバイエル・レバークーゼンとバイエルン・ミュンヘン戦で出場停止であったリンコルンの代わりを務め、以来そのポジションでプレーした。

契約問題でクラブと対立し、2008年1月31日に移籍金430万ユーロでブレーメンへ移籍した。ライバルクラブに移籍したことにより、マスコミからは金の亡者とのバッシングも受けた。9月20日のバイエルン戦ではアウェーで5-2で圧勝し、エジルも1ゴールを挙げた。一週間後の1899ホッフェンハイム戦では先制点と決勝点を決め、5-4の乱戦を制した。司令塔のMFジエゴと息の合ったプレーを見せ、2008-09シーズンは28試合で15アシストを記録した。リーグ戦は9年ぶりとなる二桁順位だったが、DFBポカールのタイトルを獲得した。エジルは決勝のレバークーゼン戦でこの試合唯一の得点を記録した。ジエゴを放出して迎えた2009-10シーズンは「der neue Diego(新たなジエゴ)」と呼ばれ、それまでジエゴが担ってきた4-3-1-2フォーメーションのトップ下を務めて9得点(チーム2位タイ)17アシスト(リーグトップ)と大活躍した。2009年には、ブンデスリーガの1stステージのMVPにも選ばれた。

ACミラン戦でのエジルとセードルフ
2010年の南アフリカW杯での活躍によってリーガ・エスパニョーラやプレミアリーグなどのいくつものクラブから注目を集め、夏の移籍市場での動向が注目されたエジルの元にレアル・マドリードからオファーが届いたが、ブレーメンはこれを拒否。このブレーメンの対応にエジルは不満を漏らした。その後、レアル・マドリードは最後のオファーとして再びオファーを出し、8月17日に移籍金1500万ユーロの6年契約でレアル・マドリードへの移籍が発表された。移籍決定当初は、エジルはまだ若く、スペイン語はもとより英語すら十分に話せなかったことから、多くのメディアから懐疑的な意見が聞こえた。

RCDマヨルカとのリーグ開幕戦は途中出場だったものの、ホーム初戦である第2節のCAオサスナ戦では先発に名を連ねて質の高いプレーを披露、交代の際には観客からスタンディングオベーションを浴びた[16]。デポルティーボ・ラ・コルーニャ戦では移籍後初ゴールも挙げた。初のコパ・デル・レイとなった12月22日のレバンテUD戦でも得点を挙げ、8-0での勝利に貢献した。2011年3月6日のラシン戦では2つのアシストを記録し、マン・オブ・ザ・マッチに選ばれた。この試合後、母国ドイツを始め欧州や南米のメディアから「フットボールのモーツァルト」と高い評価を受けた[17]。シーズンを通してプレーし、計53試合に出場し10得点を記録。特にアシストではリオネル・メッシを抑えて欧州最多となる26アシストを記録した。




2011年より、背番号を23番から10番に変更。2011-12シーズンは不調や[20]カカの復調もあってベンチスタートも増えたが、最終的にはリーガでは35試合に出場。2012年4月21日のFCバルセロナとのエル・クラシコでクリスティアーノ・ロナウドの決勝点をアシストするなどリーガ最多の17アシストを記録し、レアルの4シーズンぶりの優勝に貢献した。2012年には、UEFAチーム・オブ・ザ・イヤーに選出された。

2013年9月2日、アーセナルFCに移籍決定。移籍金はアーセナルFCのクラブ最高額とも言われる5000万ユーロで契約は5年間。背番号は11番。

9月14日のサンダーランドAFC戦でデビューすると、オリヴィエ・ジルーの得点をアシストした。FAカップ決勝のハル・シティAFC戦にもスターティングメンバーに名を連ね、延長戦前半終了までプレーした。アーセナルにとって2004-05シーズン以来のタイトルとなるFAカップを制し、エジルは2年連続となるUEFAチーム・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。
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2007年に開催されたUEFA U-19欧州選手権にドイツ代表として出場し、グループリーグのロシア戦とフランス戦で得点した。ギリシャと戦った準決勝で敗れたが、アニス・ベン=ハティラに次ぐチーム2位の2得点を記録した。2009年初めにはトルコサッカー連盟からトルコ代表入りへの強い要望を受けたが、2月11日のノルウェーとの親善試合に招集され、ピオトル・トロホウスキに代わって途中出場した。トルコのメディアは、両親の出身地のトルコではなくドイツを選択したエジルを「国家の裏切り者」だとして批判し、更に誹謗中傷コメントが殺到したために彼の公式ウェブサイトが一時閉鎖に追い込まれた。

2009年6月に開催されたUEFA U-21欧州選手権ではチーム事情によりフォワードでもプレーしたが、あまり良い出来ではなかった。ユース時代にプレーしていたこのポジションで、決勝のイングランド戦ではゴンサロ・カストロの先制点をアシストした。更に35mの距離からフリーキックを決め、ザンドロ・ヴァーグナーの得点もアシストした。この1得点2アシストの活躍でマン・オブ・ザ・マッチに選ばれ、ドイツ代表の優勝に貢献し、大会の最優秀選手にも選出された。同年9月5日、親善試合・南アフリカ戦で代表初ゴールを記録した。

準々決勝・アルゼンチン戦でのエジル(左)とポドルスキ
2010年6月1日、2010 FIFAワールドカップに出場するドイツ代表メンバーに選出される。

6月13日のオーストラリア戦では前半31分にゴールライン上でクリアされるものの、惜しいループシュートを放った。その後も数々のチャンスを生み出し、ドイツの4点目となるカカウの得点をアシストし、4-0の快勝に貢献。6月23日のガーナ戦では決勝ゴールとなるミドルシュートを決め、ドイツのグループリーグ首位通過に貢献。大会選定のマンオブザマッチに選ばれた。

決勝トーナメント1回戦のイングランド戦ではトーマス・ミュラーの2点目をアシストし、ベスト8進出に貢献。準々決勝のアルゼンチン戦ではミロスラフ・クローゼの2点目をアシストしベスト4進出に貢献、同大会最多アシストを記録した。その活躍により、FIFAバロンドールの候補者10人にノミネートされた他、ドイツ国内ではバンビを受賞した。

決勝トーナメント1回戦のイングランド戦直前にトルコに住む祖母が死去、訃報をうけて「皆さんの大きな同情に感謝しています。この件に関してはこれ以上コメントをしたくはない」とコメントしている[28]。観戦に訪れていた父親は葬儀のため帰国したが、エジル本人はチームに残留し3位決定戦までの決勝トーナメント4試合全てに先発出場した。
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UEFA EURO 2012においては、ドイツ代表の主力として10試合全勝での予選勝ち抜けに貢献。本戦においても、オランダ、ポルトガル、デンマークと同じグループで「死のグループ」と呼ばれた[30]グループBを3戦全勝で勝ち抜けた。準決勝でイタリア代表に敗れたもののエジルはPKからその試合唯一の得点を記録し、大会優秀選手の一人に選ばれた。

ブラジルW杯ヨーロッパ予選においては、ドイツ代表最多となる8得点を記録した。
本戦でも7試合すべてに出場。決勝トーナメントのアルジェリア戦では延長119分に決勝点を挙げた。エジルはこの大会でドイツ代表最多となる15回チャンスメイクをし、パス成功率78.6%を記録した。

左足の高いテクニックを持ち、正確なキックと広い視野を生かして2010-11シーズンにはヨーロッパ全体で最多のアシストを記録した。フリーランニングも惜しまずに行うほか得点力もある。 また、ジネディーヌ・ジダンを憧れの人物としており、しばしば比較対象にも挙げられる。

U-21ドイツ代表の監督を務めたホルスト・ルベッシュは「ドイツ人は海外の選手を特に賞賛することが多い。我々は、ウェイン・ルーニーやクリスティアーノ・ロナウド、リオネル・メッシらを讃える。しかし、ドイツにはそういった選手がいる。ドイツのメッシはエジルである」と語った[36]。ドイツ代表のヨアヒム・レーヴ監督は、メスト・エジルをワールドクラスの選手であると評価。「エジルは、W杯でのパフォーマンス、そして、レアル・マドリードでの成長を見るにつけ、もちろん、ワールドクラスの選手といえる」「エジルは、半年の間に、あのカカを忘れさせてしまうような存在になった。カカは、W杯まえの何年もの間、あのポジションでは世界最高の選手と評されていた。けれども、今となっては、ほぼ皆がエジルの名前をあげるようになっている」と語った。レアル・マドリードでの チームメイトであるクリスティアーノ・ロナウドは、エジルの試合を読む力を評価し「エジルは僕をさらに良い選手にしてくれた。彼とプレーするのが好きだ」と賛辞を送った。

ジョゼ・モウリーニョはエジルを「フィーゴやジダンのような特徴を持つ、世界最高の10番」と賞賛。2013年夏にアーセナルのデンバ・バへのオファーを断った理由について、エジル加入によってタイトル争いをするライバルになるからであると語った。
【動画】


総合評価
攻撃力【6】
守備力【6】
センス【7】
posted by よしき at 21:00| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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