2020年05月11日

サミュエル・エトオ(Samuel Eto'o Fils)〜カメルーンの黒い宝石〜

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こんにちは

本日の紹介選手はサミュエル・エトオ選手です。

カメルーン・リトラル州ドゥアラ出身のサッカー選手。アンタルヤスポル所属。元カメルーン代表。ポジションはフォワード。


カメルーン代表の最多得点記録保持者である。

史上最多の4度のアフリカ年間最優秀選手賞受賞、2度のアフリカネイションズカップ優勝、3度のUEFAチャンピオンズリーグ優勝など数々の栄誉を手にしている。


自らも少年時代には十分な環境でサッカーが出来なかった経験から、母国では自ら出資してサッカー教室を作った。
16歳でレアル・マドリードへ移籍する際、イングランドやイタリアからもアプローチがあったようだが、本人がスペインサッカーに最も惹かれていたこともありスペイン行きとなった。フランスのスタイルも気に入っているらしい。ちなみに初めて欧州へ移籍してきたとき間違えてスペインではなくフランスの空港に降りてしまった。

レアル・マドリード時代トヨタカップ優勝を経験しているため、カメルーンに凱旋したときカルロス国王から賞賛されている。その写真はカジ・スポーツアカデミーの食堂に飾ってある模様。
グアルディオラ政権となってから、一度戦力外通告を受けていたが、プレシーズンマッチで奮起し毎試合のようにゴールを奪い続け、監督の信頼を勝ち取った。アフリカネイションズカップ中にもバルセロナの試合を気にし続けるなど、クラブに対する深い忠誠心とプロ意識を持っている。もっとも、エトーは自らの心のクラブはマジョルカであると公言しており、スペインのクラブでキャリアを終えるとすればマジョルカで終えたいとインタビューで語っている。

2004-05シーズン、カンプ・ノウで行われた優勝報告会において、超満員に膨れ上がった観衆の前で「Madrid ,cabrón saluda al campeon!(くそったれマドリー、チャンピオンに挨拶しろ!)」(cabrónはかなり強い侮蔑の言葉)と叫び物議を醸し、翌16日に謝罪会見を開いた。
2009-10シーズンの11月に古巣バルセロナとカンプノウで対戦した際、スタメン発表時にスタンディングオベーションで迎えられた。試合後にジェラール・ピケと抱擁しバルサTVのインタビューに応じた。

弟のダビド・エトオはマジョルカの下部組織出身で現在はテルセーラ・ディヴィジョン(4部相当)のレウス・デポルチウに所属している。
自他共に認める車好きだが、何度か事故を起こしている。
幼い頃に父親に腕時計を買ってもらって以降、腕時計にはこだわりがあり、自らプロデュースも行っている。2010年W杯予選の際は「カメルーンがW杯に出場できたらチームメイト全員に腕時計をプレゼントする」と宣言し、実際に出場決定後、自らのブランドの450万円相当の腕時計を贈った。

携帯電話のマニアとして知られており、400台もの携帯を所持している(そのうち14台は別々の国、電話番号で稼働中)。また、2012年1月には母国カメルーンで携帯電話会社を設立した。
インテルに移籍後、現時点で世界最高の選手は誰かと問われ、「その選手とは一緒にプレーしたことがある。もちろんメッシだ。」と答えている。
異なるクラブでチャンピオンズリーグ2年連続優勝を経験したのはマルセル・デサイー、パウロ・ソウザ、ジェラール・ピケ、エトオの4人だけである。
夫人との間に3人の子供がいるが、サルデーニャ島に住む愛人との間に一子を儲けている。



総合評価
攻撃力【8】
守備力【7】
センス【7】



posted by よしき at 21:00| カメルーン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする