2016年06月05日

イスコ(Francisco Román Alarcón Suárez)〜イニエスタ「スペイン代表の未来」〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はイスコ選手です。

スペイン・アンダルシア州マラガ県出身、レアル・マドリード所属のスペイン代表サッカー選手。ポジションはFW、MF。

【特徴】
強さと技術を併せ持ち、俊敏さやポゼッションはセルヒオ・アグエロに、プレーのヴィジョンやボールコントロール、パスの技術などはジネディーヌ・ジダンに例えられる。スペイン代表においてはアンドレス・イニエスタの後継者と見做され、イニエスタはイスコを「スペイン代表の未来」と語っている。また、攻撃面だけでなく守備も含めてチームに貢献する。



【バレンシア】
バレンシアCFの下部組織出身。2009-10シーズンはリザーブチームであるバレンシアCF・メスタージャでプレーし、セグンダ・ディビシオンB(3部相当)で25試合に出場して1得点を挙げたが、チームはシーズン終了後にテルセーラ・ディビシオン(4部相当)に降格した。2010年11月11日、コパ・デル・レイのUDログロニェス戦(4-1)でトップチームデビューし、この試合で2得点を記録した。11月14日のヘタフェCF戦(2-0)では、後半28分にアリツ・アドゥリスとの交代で途中出場し、プリメーラ・ディビシオン(1部)デビューを果たした。2010-11シーズンのリザーブチームでは15得点を挙げてセグンダ・ディビシオン復帰に貢献した。

【マラガ
2011年7月11日、マラガCFと5年契約を結んで移籍した。移籍金は600万ユーロ[7]。11月21日のラシン・サンタンデール戦(3-1)で移籍後初得点を挙げ、翌週のビジャレアルCF戦(2-1)でも得点した。2011-12シーズンは32試合に出場して5得点し、4位に入ったマラガはクラブ史上初めてUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。2012年9月18日、FCゼニト・サンクトペテルブルク戦でUEFAチャンピオンズリーグ初出場を果たすと、この試合で2得点を挙げてチームを3-0の勝利に導き、マン・オブ・ザ・マッチに選出された。
マラガの躍進に大きく貢献したイスコには多くのクラブが獲得に動いた。レアル・マドリードへの移籍が秒読みとなった際、オーナーであるシェイク・アブドゥラ・ビン・ナッサル・アル・タニは、「イスコのために、背番号22は他のどの選手も着けることはできない」と敬意を表した。

【レアル・マドリード】
マンチェスター・シティやチェルシーが獲得に動いたが、2013年6月27日、レアル・マドリードに5年契約で移籍決定。移籍金は3000万ユーロ(約38億円)前後と見られている。

リーグ開幕戦となるレアル・ベティス戦ではスターティングメンバーに名を連ね、1ゴール1アシストの活躍でチームを勝利に導いた。その後も第3節のアスレティック・ビルバオ戦で2得点を記録するなど、リーグ開幕5試合で4得点を挙げて得点力を示した。しかし、フォーメーションが4-5-1から4-3-3に代わって攻撃的MFのポジションが無くなったことや、インサイドハーフにコンバートされたアンヘル・ディ・マリアの活躍などによりベンチに座ることが多くなった。当初は初めてプレーするポジションに苦しんだが徐々に適用を見せ、カルロ・アンチェロッティは新たなポジションでプレーするイスコをかつての教え子であるクラレンス・セードルフになぞらえて賞賛した。




翌シーズンはUEFAスーパーカップとFIFAクラブワールドカップのタイトルを獲得。レアル・マドリード・カスティージャで監督を務めるジネディーヌ・ジダンは「技術的には私と同じレベルにあるように見える」と評し、スペイン紙マルカもまた「(ジダンは)サンティアゴ・ベルナベウで見ることができた最後の天才だったが、イスコの加入によって状況は変わった」と賞賛した。

2015-16シーズンより、背番号が23からマラガ時代にも背負っていた22に変更となった。同シーズンに監督に就任したラファエル・ベニテス監督との確執が騒がれ、冬の移籍市場での移籍が報道されたが、解任されたベニテスの後任となったジネディーヌ・ジダン監督のもと、信頼を取り戻しジダン監督の初陣でらスターティングメンバーに名を連ねている。


総合評価
攻撃力【8】
守備力【6】
センス【8】


posted by よしき at 08:00| Comment(0) | スペイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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