2020年05月14日

パブロ・ダニエル・オスヴァルド(Pablo Daniel Osvaldo)〜瞬間湯沸し器・ジャーニーマン〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はオスヴァルド選手です。

アルゼンチン・ブエノスアイレス出身のイタリア代表サッカー選手。FCポルト所属。ポジションはフォワード。

ドリブルでの仕掛けやゴールエリア内での正確なシュートを武器とし、本人がもっとも好むセンターフォワード以外にもセカンドトップやウィングなど前線の複数のポジションをこなすことができる。しかし、いわゆる "瞬間湯沸し器" タイプの選手で、所属したチームでは必ず選手や首脳陣、サポーターと対立するなど、扱い難い選手として知られており、その結果ジャーニーマンに成り下がっている要因になっている。

ローマ
2011年8月25日、ASローマに5年契約の移籍金総額1750万ユーロで移籍[4]。ボローニャ時代以来1年半ぶりのイタリア復帰となった。11月25日のウディネーゼ戦後、同僚のエリク・ラメラを殴ったとしてクラブから10日間の謹慎処分と罰金が課された[5]。また、2012年2月26日の古巣アタランタ戦ではMFルカ・チガリーニを蹴って退場になり、2試合の出場停止処分を受けた[6]。このようなトラブルや度重なる負傷にもかかわらず、シーズン全体では26試合でチーム最多の11得点をあげ、セリエAでは自身初の2桁得点を記録した。

2年目は迷走を極める中でチームトップの16ゴールを挙げた。しかし、2013年2月10日のサンプドリア戦でダニエレ・ガスタルデッロに倒されPKを獲得した際に本来キッカーであるはずのフランチェスコ・トッティからその座を奪って蹴ったが、これを失敗。試合後には空港でサポーターと揉み合いになった。コッパ・イタリア決勝では宿敵ラツィオに0-1で敗れ準優勝に終わりヨーロッパリーグ出場を逃すと、表彰式を欠席しさらにアウレリオ・アンドレアッツォーリ監督(当時)に対してツイッターで「無能なことを認めればよかったものを。ラツィオの連中と祝っていればいい」と侮辱するような呟きをしたため、当初はFIFAコンフェデレーションズカップ2013の代表メンバーに選出されていたが、この騒動によってチェーザレ・プランデッリ監督により代表を追放される事態となった。
新監督に就任したリュディ・ガルシアには一定の評価を受けていたが、サポーターとの対立は日を追うごとに深まっていった。
【動画】




総合評価
攻撃力【6】
守備力【6】
センス【7】
posted by よしき at 23:00| Comment(0) | イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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