2016年02月09日

サロモン・カルー(Salomon Armand Magloire Kalou)〜万能型FW・原口の相棒〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はサロモン・カルー選手です。

コートジボワール・オウメ出身のプロサッカー選手。コートジボワール代表。ブンデスリーガ、ヘルタ・ベルリン所属。ポジションはフォワード(CF、WG)。兄のボナベントゥル・カルーは元コートジボワール代表のサッカー選手である。

【帰化騒動】
カルーはコートジボワールの出身だが、オランダ代表でのプレーを望んでおり、帰化の申請をしていた。A代表のマルコ・ファン・バステン監督もカルーを絶賛し、「カルーはオランダ代表としてプレーするべきだ」と発言していて何度もカルーのプレイを視察に来ていた。カルー自身もコートジボワール代表のオファーを断り続け(A代表の出場歴がある選手は他の国のA代表としては出場できない。ただし、年齢制限のある代表しか出場歴がない場合は、他のA代表としての出場は可能)あとは移民局からの判断を待つだけとなる。

しかし移民に寛容な政策をとってきたオランダだが、EU統合後は移民に対して厳しい処置を取るようになってきていた。そんな中で、サッカーにはあまり興味のない女性大臣のリタ・フェルドンクが、カルーの帰化を簡単に認めなかった。通常なら帰化には最低でも5年の月日が必要だが、カルーは2年しかオランダでのプレイ経験しかない。ファン・バステン監督も公式に反論し「申請が通れば、必ず代表に招集する」とまで言い、一時は再検討となったが、結局帰化は認められず、2006 FIFAワールドカップの出場はならなかった。

プロ入り前
元フランス代表のジャン=マルク・ギユーがコートジボワールに設立したアカデミーの出身。

フェイエノールト
コートジボワール代表でもある兄のボナベントゥル・カルーの勧めでASECミモザから2003年に当時兄の所属していたフェイエノールトに移籍するが、結局兄とは入れ替わる形での入団となってしまう。フェイエノールトではディルク・カイトとエールディヴィジ屈指の2トップを形成した。その後すぐにフェイエノールトと提携関係にあるエクセルシオール・ロッテルダムへのレンタル移籍を経て、2004-05シーズンにレギュラーポジションを獲得。その年は31試合に出場して20得点をたたき出し、一躍その名をオランダ中に轟かせオランダの年間若手最優秀選手に贈られるヨハン・クライフ賞を受賞。

エクセルシオール・ロッテルダム

フェイエノールトと提携関係にあるエクセルシオール・ロッテルダムへのレンタル移籍

チェルシー

翌2005-06シーズンも34試合に出場し15得点と安定した活躍を見せる。2006-07シーズンはチェルシーFCに移籍。移籍1年目のシーズンでリーグ戦27試合出場6得点を記録した。
2008-09シーズンのアフリカ年間若手最優秀選手賞に選ばれた。(年間最優秀選手賞はトーゴのエマニュエル・アデバヨール)
2010年は出場機会数こそは減るものの、4月25日のストーク・シティFC戦でチェルシーでは自身初となるハットトリックを達成するなど能力の高さを証明している。

LOSCリール・メトロポール
2011-12シーズン終了後、チェルシーを退団、その後LOSCリール・メトロポールに4年契約で移籍した。

ヘルタ・ベルリン
2014年8月31日、ドイツ・ブンデスリーガのヘルタ・ベルリンと2017年6月までの3年契約を結んだと発表した。

【動画】


総合評価
攻撃力【7】
守備力【4】
センス【6】
posted by よしき at 22:43| Comment(0) | コートジボワール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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