2017年10月21日

ロベルト・フート(De|Robert Huth)〜レスターの絶壁〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はフート選手です。

東ドイツ(現ドイツ)・ベルリン出身のサッカー選手。元ドイツ代表。プレミアリーグのレスター・シティFC所属。ポジションはセンターバック及びサイドバック。

【経歴】
2001年にドイツの1.FCウニオン・ベルリンの下部組織からクラウディオ・ラニエリ監督率いるイングランド1部のチェルシーFCへ入団したフートは、その後トップチームに昇格を果たすも、ジョン・テリー、ウィリアム・ギャラス、リカルド・カルヴァーリョの存在からスタンフォード・ブリッジでの序列は低く、なかなか定着出来ずにいたため2006年8月に移籍金600万ポンドで同国1部のミドルズブラFCと契約した。リヴァーサイド・スタジアムで3季過ごし、2009年にミドルズブラが2部降格すると、同年8月に移籍金500万ポンドで同国1部のストーク・シティFCと契約。2009-10シーズンにはチームのFAカップ決勝進出に貢献する活躍等を見せ、シーズン終了後にチームの年間最優秀選手に選出された。

【代表】
世代別代表としては2003 FIFAワールドユース選手権に出場。
2004年8月に負傷辞退したイェンス・ノヴォトニーとアルネ・フリードリヒの代役としてユルゲン・クリンスマン新監督の下でドイツA代表に初招集され、自身20歳の誕生日となる18日のオーストリア戦(3-1)で途中出場から初出場を飾った。出場2試合目となった9月9日のブラジル戦(1-1)で初先発出場をすると、1得点こそ許したものの全体的に見ればロナウド、ロナウジーニョ、アドリアーノといった強力なFW陣を相手に堂々とした素晴らしいパフォーマンスを見せたことで試合後にクリンスマン監督のみならず相手のカルロス・アルベルト・パレイラ監督から称賛された。その後、FIFAコンフェデレーションズカップ2005に出場したフートは、開幕戦のオーストラリア戦(4-3)こそ失点に関わるプレーを見せた[67]ものの、コンビを組むペア・メルテザッカーと共に素晴らしいパフォーマンスを見せファンの支持を得た[3]。そんな中、準決勝のブラジル戦(2-3)では、前回対戦時に抑えたはずのアドリアーノのスピードについていけずペナルティーエリア内で倒してPKを与えると、さらに試合終盤にもアドリアーノに振り切られ得点を許してしまった[68]。同大会では、6月29日にメキシコとの3位決定戦(4-3)で代表初得点を記録した。




2006年3月にフィレンツェでのイタリアとの親善試合(1-4)で2得点目を記録し、同年5月の時点で17試合2得点[3]と代表に定着こそしたものの、守備面の不安からクリストフ・メッツェルダーにポジションを譲り、2006 FIFAワールドカップではメルテザッカーとメッツェルダーのコンビが選択され、フートはグループリーグ最終節のエクアドル戦の1試合に先発出場したのみだった。
2006年のワールドカップ終了後は代表から遠ざかっていたものの、クラブでの活躍から2008年3月20日にスイスとの親善試合にヨアヒム・レーヴ監督によって招集された。しかし、2009年のUAE戦を最後に招集されておらず[1]、クラブでの活躍から代表復帰が取りざたされるも、2011年にレーヴ監督はUEFA EURO 2012予選のオーストリア戦を前にしてマッツ・フメルス、ベネディクト・ヘーヴェデス、ホルガー・バトシュトゥバーといった若手の存在、さらにメルテザッカーとアルネ・フリードリヒの名前を挙げ、フートの活躍を称賛しながらも自身の構想に入ってないことを明言したことから19試合2得点を記録するにとどまっている。

【動画】

総合評価
攻撃力【4】
守備力【8】
センス【5】


posted by よしき at 00:00| Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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