2016年08月05日

ロス・バークリー(Ross Barkley)〜ルーニーと肩を並べる〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はロス・バークリー選手です。

イングランド出身のサッカー選手。ポジションは攻撃的ミッドフィールダーであり、エヴァートンに所属し、イングランド代表にも選出されている。

2013年にA代表デビューを飾り、2014 FIFAワールドカップのメンバーに選出された。監督やチームメイトはバークリーについて、ミヒャエル・バラックやポール・ガスコイン、ウェイン・ルーニーになぞらえている。

【スタイル】
エヴァートンの監督であるロベルト・マルティネスはバークリーについてポール・ガスコインとミヒャエル・バラックを合わせたような選手だと話した。イングランド代表の監督であるロイ・ホジソンはスピードとパワーと素晴らしい技術を持っており、ポール・ガスコインを彷彿とさせると話し、フランク・ランパードは若い頃のウェイン・ルーニーを思い起こさせると話した。当時バルセロナに所属していたチャビは2014年11月に行われたインタビューでバークリーについて、フィジカルと技術面の能力を賞賛し、プリメーラ・ディビシオンのクラブで十分にプレイできると話した。


【キャリア】
バークリーは11歳の時にエヴァートンのユースチームに加入した。2010-11シーズンの始めにトップチームの試合のメンバーに選ばれ、プレミアリーグデビューが期待されたが、2010年10月に行われたU-19のイングランド代表の試合でチームメイトのアンドレ・ウィズダムと衝突し、脚を3箇所骨折してしまった。

怪我から回復し、2011-12シーズンのプレシーズンの練習に参加すると、ティム・ケーヒルはこれまで一緒にプレイした選手の中で最も才能に恵まれている選手だとバークリーについて話した。2011年8月20日に行われたクイーンズ・パーク・レンジャーズ戦でデビューを果たし、試合は0-1で敗れたが、マン・オブ・ザ・マッチに選出するメディアもあった。シーズンの始めのバークリーのパフォーマンスは高く評価され、マーティン・キーオンはこの国の歴代最高の選手になり得る逸材だと賞賛した。2011年12月には新たな4年半の契約を結んだ。

2012年9月14日、バークリーは1ヶ月間の期限付き移籍でシェフィールド・ウェンズデイに加入し、同日に行われたブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオン戦でデビューを果たした。翌週に行われたボルトン・ワンダラーズ戦においてペナルティキックにより初ゴールを記録した。バークリーのローン期間は延長され、エヴァートンに呼び戻されるまで13試合に出場した。2013年1月には1ヶ月間限定でリーズ・ユナイテッドに加入し、バーンズリーとのダービーマッチでデビューを果たした。

【エヴァートン】
UEFAヨーロッパリーグのディナモ・キエフ戦でプレイするバークリー(2015年)
2013-14シーズンにトップチームに戻ると開幕戦のノリッジ・シティ戦で初ゴールを挙げ、試合は2-2で引き分けたがバークリーはマン・オブ・ザ・マッチに選出された。シーズンの前半戦はアーセナル戦とスウォンジー・シティ戦で決勝ゴールを挙げマン・オブ・ザ・マッチに選出されるなどの活躍を披露し、アラン・ハンセンはすべてを兼ね備えていると讃え、ガリー・リネカーはとてつもない才能を持ちスター選手になる素質を備えているとバークリーを賞賛した。

2014年1月4日に行われたクイーンズ・パーク・レンジャーズとのFAカップ3回戦ではFAカップにおける初ゴールとなる先制ゴールを挙げ、4-0の勝利に貢献した。2014年3月25日に行われたニューカッスル・ユナイテッド戦ではハーフウェイラインから独走し、先制となるゴールを決め、チームも3-0で勝利を挙げた。2014年4月18日はPFA年間最優秀若手選手賞の候補6人の内の1人に選ばれた。最終的にリーグ戦では34試合に出場し、6ゴールを挙げ、2014年5月3日に行われたマンチェスター・シティ戦で記録したゴールはBBCスポーツに「超大作」と賞され、エヴァートンのゴール・オブ・ザ・シーズンに選ばれた。

2014年7月29日には2018年まで契約を延長したが、内側側副靱帯の損傷により2014-15シーズンは2014年10月18日に行われたアストン・ヴィラ戦まで出場することは叶わなかったが、その試合ではロメル・ルカクのゴールをアシストし、3-0の勝利に貢献した。2014年12月15日に行われ、3-1で勝利したクイーンズ・パーク・レンジャーズ戦でシーズン初ゴールを挙げた。
2015-16シーズンは開幕から2試合連続でゴールを記録する好スタートを切った。

【動画】


総合評価
攻撃力【8】
守備力【6】
センス【5】


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2016年05月29日

デレ・アリ(Bamidele Jermaine "Dele" Alli )〜イングランドの新10番 超新星〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はデレ・アリ選手です。

イングランド・バッキンガムシャー州ミルトン・キーンズ出身のイングランド代表プロサッカー選手。プレミアリーグのトッテナム・ホットスパーに所属している。ポジションはミッドフィールダー。

かつてイングランド代表やリヴァプールFCの主将として活躍したスティーブン・ジェラードは、「今後10年、15年に渡ってリヴァプールで活躍できる選手だった。それくらいの能力は持っている。リヴァプールが彼と契約を結ばなかったことにがっかりしている。僕との契約が終わろうとしていたのだから、リヴァプールは彼の獲得に動くべきだった」とし、自分の後継者として理想的だと考えていたと絶賛した。
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2007年に地元のMKドンズのアカデミーに入団し、ユースチームで力に付けた後、2012-13シーズンに16歳の若さでプロデビュー。10代ながらチームの中心選手として活躍するアリに、有力チームも注目するようになり、2015年2月にトッテナム・ホットスパーへの移籍が決定するも、2014-15シーズンはローン移籍の形でMKドンズに残留。同シーズンは39試合に出場し16ゴールを決めるなど、アリにとって飛躍のシーズンとなり、フットボールリーグの最優秀若手選手に選出された。

2015-16シーズンより、正式にトッテナム・ホットスパーに加入。開幕戦のマンチェスター・ユナイテッド戦でプレミアリーグデビューを果たし、8月22日のレスター・シティ戦で、移籍後初ゴールを決めた。
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アリは2012年から各世代のユース代表に選出され、2015年10月のUEFA EURO 2016予選にイングランド代表に初招集され、10月9日のエストニア戦で、念願のフル代表デビューを果たした。2015年11月17日のフランスとの親善試合で代表初得点を挙げた。

【動画】





総合評価
攻撃力【6】
守備力【6】
センス【7】
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2016年05月04日

フェリペ・メロ(Felipe Melo de Carvalho)〜〜※動画あり



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こんにちわ

本日紹介する選手はフェリペ・メロ選手です。

ブラジル・リオデジャネイロ州出身の同国代表サッカー選手。ポジションはMF。セリエA、インテルナツィオナーレ・ミラノ所属。

【エピソード】
憧れの選手はジーコで、そのジーコが鹿島アントラーズに在籍していたことや自身が幼い頃に柔道を習っていた経験から日本に関心を持っている。ユヴェントス移籍後はしばしば妻とともに、トリノの日本料理店で寿司や刺身、てんぷらを食べている。

ACFフィオレンティーナのスポーツディレクターであるパンタレオ・コルヴィーノはメロについて、「全てにおいて優れる完璧なセンターハーフ」とのコメントを残している。

ブラジル時代
7歳の時に地元のサッカースクールに入団し、9歳になるとCRフラメンゴの下部組織に加入した。攻撃的ミッドフィールダーのポジションで、一年先輩のFWアドリアーノや同年のDFアンドレ・バイーアなどとともにプレーした。フォワードとしてプレーすることもあり、13試合で10得点したことがあった。18歳でプロ契約を結び、マリオ・ザガロ監督の下で2001年11月4日のサンパウロFC戦でデビューすると、その11日後には初得点を決めた。2002年シーズンは21試合に出場し、2003年1月にはU-20ブラジル代表としてU-20南米選手権に出場した。
彼は幼少時代からフラメンゴの熱烈なファンであったが、この時期にフラメンゴは財政難に陥り、2003年には本人の承諾なしにクルゼイロECへの移籍が決定した。攻撃的ミッドフィールダーのポジションにはアレックスなどがいたため、ベンチが定位置だったが、ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ監督に率いられたクルゼイロは、2003年にブラジル全国選手権、コパ・ド・ブラジル、ミナスジェライス州サッカーリーグの3冠を達成した。2004年シーズンはグレミオFBPAにレンタル移籍したが、やはりベンチが定位置だった。

スペイン時代
2004年、リーガ・エスパニョーラのRCDマジョルカにレンタル移籍した。シーズン途中にラシン・サンタンデールに完全移籍したが、不慣れな左ウイングで起用されたため、思うような活躍はできなかった。2007年、プリメーラ・ディビシオン(1部)に昇格したばかりのUDアルメリアに移籍した。ウナイ・エメリ監督の指導の下、ボランチにコンバートされ、2007-08シーズンは8位という好成績で終えた。

イタリア時代
UDアルメリアでの活躍により、FCバルセロナやレアル・マドリードが興味を持ったといわれているが、新たなリーグに挑戦したいという本人の思いから[要出典]、2008年、イタリア、セリエAの強豪クラブであるACFフィオレンティーナに移籍することになった。「フィレンツェの街の美しさと、移籍前にフィオレンティーナのホームスタジアムであるアルテミオ・フランキにて観戦し、そのティフォジの熱狂ぶりが故郷のブラジルの熱狂を思い起こさせたからだ」と本人は語っている。

フィオレンティーナ移籍後はすぐにレギュラーポジションを獲得した。2008年末頃、ブラジル代表のドゥンガ監督は選手時代の元所属クラブであるフィオレンティーナに在籍し、自身と同じポジションで活躍するメロに対し、「適切な時期に招集する」と予告していた[要出典]。年が明けると、その予告通りに、2009年2月10日に行われた対イタリア代表との親善試合に代表初招集、セレソンデビュー戦を飾った。その後に行われたワールドカップ南米予選の対ペルー戦では代表初得点を決めている。その得点はハーフウェイライン付近でボールをカットし、そのまま1人でドリブルで駆け上がりゴールを決めるというものであった。コンフェデレーションズカップ南アフリカ大会ではレギュラーとして出場し、グループリーグのアメリカ戦では先制点を挙げるなど優勝に貢献した。

2009年7月、移籍金2050万ユーロでユヴェントスFCに移籍した(実質的にはマルコ・マルキオンニとの交換トレード)。しかし高額な移籍金に見合う活躍はできず、最も期待はずれだった選手に贈られるビドーネ・ドーロを受賞した。

2010年には2010 FIFAワールドカップのブラジル代表に選出され、4試合に出場。7月2日に開催された準々決勝 オランダ戦において、ロビーニョの先制ゴールをアシストしたが、後半8分にヴェスレイ・スナイデルのクロスへの対応で飛び出したジュリオ・セーザルと交錯。同点ゴールを許すミスをした上、28分にはアリエン・ロッベンを踏みつけて退場処分を受けた。この失態はブラジル国内で猛烈に批判され、帰国時には空港でサポーターから罵詈雑言を浴びせられる事態になった。
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トルコ時代
2011年7月にガラタサライSKに150万ユーロでレンタル移籍(1300万ユーロでの買取オプション付き)[7]。プレーオフを含む36試合に出場し12ゴールを挙げ、ガラタサライの4シーズンぶりのリーグ優勝に貢献した。しかし、ガラタサライは買取オプションを行使せず、ユベントスと交渉の結果、レンタル料175万ユーロ、650万ユーロの買い取りオプション付きという条件で引き続きガラタサライにレンタル移籍することが決まった。
2012年11月24日のエラーズスポル戦では1点リードの後半44分にペナルティエリア内で相手選手を倒し退場となったGKフェルナンド・ムスレラに代わって急きょGKを任されると、相手のPKを止めて勝利の立役者となった。 2013年7月16日、ユヴェントスからガラタサライに完全移籍。移籍金は375万ユーロ。 契約は3年間。

イタリア復帰
2015年、イタリアのインテルナツィオナーレ・ミラノからオファーが届き、一時はガラタサライと契約を延長するなど交渉は難航したが、移籍市場最終日に土壇場で、ブラジルの新鋭アレックス・テレスと共に、移籍することが決まった。9月24日のエラス・ヴェローナFC戦では、移籍後初得点を挙げた。12月22日のSSラツィオ戦で、ルーカス・ビリアとの競り合いで右足を高く上げ、相手の右肩にかかと落としする形でファールを犯してレッドカードで一発退場となり、その後3試合の出場停止処分を科された。









【注目の動画】



総合評価
攻撃力【7】
守備力【7】
センス【6】
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2016年04月01日

【速報】21:30 第32節 レスター・シティVSサウザンプトン 【寸評】【採点】【評価】【動画】〜2016年4月3日(日)〜


レスターのメンバーはこちら

監督 - クラウディオ・ラニエリ 1951/10/20 - イタリア 0 0 0 0 0/0
GK 1 カスパー・シュマイケル 1986/11/05 181/78 デンマーク 31 31 2954 0 2/0
GK 12 ベン・ハマー 1987/11/20 193/78 イングランド 0 0 0 0 0/0
GK 32 マーク・シュウォーツァー 1972/10/06 194/90 オーストラリア 0 0 0 0 0/0
GK 41 ジョナサン・マディソン 1994/09/04 187/76 イングランド 0 0 0 0 0/0
DF 5 ウェス・モーガン 1984/01/21 185/94 ジャマイカ 31 31 2954 0 2/0
DF 6 ロベルト・フート 1984/08/18 191/88 ドイツ 30 30 2859 3 7/0
DF 17 ダニー・シンプソン 1987/01/04 173/74 イングランド 23 23 2118 0 6/1
DF 18 リアム・ムーア 1993/01/31 186/86 イングランド 0 0 0 0 0/0
DF 27 マルチン・ヴァシリェフスキ 1980/06/09 186/88 ポーランド 2 1 133 0 2/0
DF 30 ベンジャミン・チルウェル 1996/12/21 178/76 イングランド 0 0 0 0 0/0
MF 4 ダニー・ドリンクウォーター 1990/03/05 175/74 イングランド 29 29 2624 1 2/0
MF 8 マシュー・ジェームズ 1991/07/22 183/76 イングランド 0 0 0 0 0/0
MF 10 アンディ・キング 1988/10/29 183/74 ウェールズ 21 7 1015 1 2/0
MF 11 マーク・アルブライトン 1989/11/18 175/67 イングランド 31 30 2517 1 4/0
MF 13 ダニエル・アマルテイ 1994/12/21 183/76 ガーナ 3 1 91 0 0/0
MF 14 ヌゴロ・カンテ 1991/03/29 169/68 フランス 30 26 2536 1 3/0
MF 24 ネイサン・ダイアー 1987/11/29 165/57 イングランド 12 0 290 1 1/0
MF 26 リヤド・マレズ 1991/02/21 178/62 アルジェリア 30 29 2537 16 1/0
MF 28 クリスティアン・フクス 1986/04/07 185/80 オーストリア 25 23 2200 0 2/0
MF 33 ゴクハン・インレル 1984/06/27 183/80 スイス 5 3 206 0 0/0
FW 9 ジェイミー・ヴァーディ 1987/01/11 178/76 イングランド 31 31 2853 19 5/0
FW 15 ジェフリー・シュラップ 1992/12/23 178/72 ガーナ 19 12 1206 1 4/0
FW 20 岡崎慎司 1986/04/16 173/70 日本 29 22 1697 5 1/0
FW 22 デマライ・グレイ 1996/06/28 179/68 イングランド 6 0 101 0 0/0
FW 23 レオナルド・ウジョア 1986/07/26 182/75 アルゼンチン 23 5 776 3 0/0
FW 35 ジェイコブ・ブライス 1992/08/14 - イングランド 0 0 0 0 0/0
FW 36 ジョー・ドドー 1995/06/29 183/70 イングランド 1 0 27 0 0/0
FW 38 ハリソン・アンドレアス・パナイオウトウ 1994/10/28 - イングランド 0 0 0 0 0/0
FW 39 アンドレ・オルカンミ 1997/12/01 - イングランド 0 0 0 0 0/0

サウサンプトンのメンバーはこちら

監督 - ロナルト・クーマン 1963/03/21 181/82 オランダ 0 0 0 0 0/0
GK 1 ケルヴィン・デイヴィス 1976/09/29 185/88 イングランド 1 1 96 0 0/0
GK 22 マールテン・ステケレンブルフ 1982/09/22 197/92 オランダ 17 17 1617 0 0/0
GK 25 パウロ・ガッサニーガ 1992/01/02 196/80 アルゼンチン 2 2 189 0 0/0
GK 43 ウィル・ブリット 1995/03/22 188/75 イングランド 0 0 0 0 0/0
GK 44 フレイザー・フォースター 1988/03/17 183/76 イングランド 11 11 1050 0 0/0
DF 2 セドリック・ソアレス 1991/08/31 172/62 ポルトガル 22 21 1870 0 3/0
DF 3 吉田麻也 1988/08/24 189/80 日本 19 10 1047 1 0/0
DF 5 フロリン・ガルドス 1988/10/29 194/81 ルーマニア 0 0 0 0 0/0
DF 6 ホセ・フォンテ 1983/12/22 188/81 ポルトガル 30 30 2748 2 4/1
DF 15 クコ・マルティナ 1989/09/25 185/72 オランダ領キュラソー 10 6 678 1 1/0
DF 17 ヴィルギル・ファン・ダイク 1991/07/08 193/92 オランダ 27 27 2575 3 2/0
DF 21 ライアン・バートランド 1989/08/05 179/85 イングランド 25 25 2384 0 6/0
DF 33 マット・ターゲット 1995/09/18 183/70 イングランド 13 12 1069 0 1/0
MF 4 ヨルディ・クラシ 1991/07/27 169/69 オランダ 16 15 1174 0 4/0
MF 8 スティーヴン・デイヴィス 1985/01/01 173/70 北アイルランド 28 26 2256 2 4/0
MF 10 サディオ・マネ 1992/04/10 175/69 セネガル 30 24 2152 5 6/2
MF 11 デュサン・タディッチ 1988/11/20 181/76 セルビア 27 21 1798 6 0/0
MF 12 ヴィクター・ワンヤマ 1991/06/25 188/76 ケニア 23 22 2109 0 9/3
MF 14 オリオル・ロメウ 1991/09/24 182/79 スペイン 24 15 1493 1 6/0
MF 16 ジェームズ・ウォード=プラウズ 1994/11/01 173/66 イングランド 28 14 1562 2 5/0
MF 18 ハリソン・リード 1995/01/27 176/74 イングランド 1 0 14 0 0/0
MF 34 ジェイク・フラニガン 1996/02/02 180/71 イングランド 0 0 0 0 0/0
MF 42 ジェイク・ヘスケス 1996/03/27 168/63 イングランド 0 0 0 0 0/0
MF 46 ドミニク・ゲイプ 1994/09/09 180/70 イングランド 0 0 0 0 0/0
FW 7 シェーン・ロング 1987/01/22 180/81 アイルランド 22 17 1709 7 1/0
FW 9 ジェイ・ロドリゲス 1989/07/29 185/70 イングランド 8 2 276 0 0/0
FW 19 グラツィアーノ・ペレ 1985/07/15 193/89 イタリア 25 20 1980 9 5/0
FW 20 フアンミ 1993/05/20 169/63 スペイン 12 0 226 0 0/0
FW 28 チャーリー・オースティン 1989/07/05 188/84 イングランド 5 2 200 1 0/0
FW 40 サム・ギャラガー 1995/09/15 193/75 イングランド 0 0 0 0 0/0
FW 49 オルフェラ・オロモラ 1997/09/05 - イングランド 0 0 0 0 0/0
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2016年03月21日

スチュワート・ダウニング(Stewart Downing)〜〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はスチュワート・ダウニング選手です。

イングランド、ミドルズブラ出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。


ミドルズブラ
ミドルズブラ育ちであり、幼い頃からのミドルズブラ・サポーターでもあり、ミドルズブラFCの下部組織で育つ。2002年4月24日のイプスウィッチ・タウンFC戦にて17歳でプレミアデビューを果たした。その後、地元のライバルサンダーランドAFCへのローン移籍を経験。1年で復帰するもボウデヴィン・ゼンデンなどの活躍で出場機会は限られたものとなっていたが、2004-05シーズンから頭角を現し、このシーズンはカップ戦などを含め48試合に出場し6ゴールを上げ、多くのアシストも記録した。この活躍がエリクソン監督の目に留まり、2005年2月9日のオランダ戦でイングランド代表デビューを果たした。
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2005-06シーズンは膝の怪我の影響でリーグ戦は12試合の出場に止まるが、UEFAカップでは準決勝ステアウア・ブカレスト戦のセカンドレグにおいて3アシストと活躍し、決勝進出に貢献するが、決勝ではセビージャFCに0-4で敗れ準優勝だった。
2008年2月26日にミドルズブラと2013年までの5年契約にサインした。また、シーズン終了後にマーク・シュワルツァーがフラムFCに移籍したことに伴い、ブラッドリー・ジョーンズに次ぐチーム2番目の古株になった。しかし、2008-09シーズンは混乱の年となった。ミドルズブラはシーズン序盤は好調なスタートを切り8位に付けたが、11月9日のアストン・ヴィラFC戦以降14試合連続で勝利から見放され降格圏内に低迷した。このことからダウニングは年明けにチームを去りたい意向を伝えるが却下された。さらに、2009年5月16日のアストン・ヴィラFC戦でスティリアン・ペトロフに足を踏まれて骨折し、最終節のウェストハム・ユナイテッドFC戦も敗れて19位に終わり2部降格となった。
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アストン・ヴィラ
ミドルズブラの降格に伴い、7月16日に移籍金1200万ポンド(約18億6000万円)でアストン・ヴィラFCへ4年契約で移籍した。骨折の影響から2009-10シーズンの開幕には間に合わなかったが、11月21日のバーンリーFC戦で70分からスティーヴ・シドウェルと交代、移籍後初出場を果たした。12月1日、カーリング・カップ準々決勝のポーツマスFC戦で移籍後初得点を決めた。復帰後はジェイムズ・ミルナーがセントラルなポジションにコンバートされたことに伴い右サイドでプレーすることになった。左サイドのアシュリー・ヤングと共にサイド攻撃を担うと、リーグ戦で6位に入りUEFAヨーロッパリーグの出場権獲得に貢献した。

リヴァプール
2011年7月16日、古豪復活を誓うリヴァプールFCに加入した。移籍金は推定2000万ポンド(約22億2500万円)以上と見られている。移籍に際して、「クラブが僕に興味を持っていると知ってからは、他の行き先は考えられなくなったよ。アンフィールドを駆けるのは最高の気分だろうね」と語った。
しかし2011-12シーズンは移籍金と周囲の期待に見合った活躍ができず、リーグ戦では0ゴール0アシストという低調な結果に終わり、順位も8位と低迷した。監督がケニー・ダルグリッシュからブレンダン・ロジャーズに変わると左SBで起用されることもあった。移籍後初ゴールも決めたが、フィリペ・コウチーニョの加入やラヒーム・スターリングの台頭もあって前年よりも出場機会は減少。確固たる地位を得るには至らなかった。




ウェストハム
2013年8月13日、ウェストハム・ユナイテッドFCに移籍が決定。リヴァプール時代のチームメイトであるアンディ・キャロル、ジョー・コールと再会することになった。

【エピソード】
サッカー以外でもいくつかの慈善事業などに参加している。2008年2月にボクサーのリッキー・ハットンと共にニューカッスル・アポン・タインにある王立ヴィクトリア病院の資金を集めるためにチャリティーディナーを開催した。この病院は1993年に4歳で亡くなったダウニングの妹が白血病の治療をしていた病院である。
2007年に地元のクラブでDJデビューをしており、ゴールパフォーマンスでDJのパフォーマンスをすることがある。

【代表】
19歳から各世代の代表に招集されている。フル代表では、前述のオランダ戦でイングランド代表に初招集され、その試合の後半にショーン・ライト=フィリップスと交代しフル代表デビューを果たした。
2005年5月のアメリカ遠征中の怪我で一時期代表を離れていたが、2006 FIFAワールドカップのイングランド代表メンバーに招集された。グループリーグのパラグアイ戦においてマイケル・オーウェンと、トリニダード・トバゴ戦においてジョー・コールと交代し途中出場している。


【注目の動画】


総合評価
攻撃力【8】
守備力【5】
センス【7】
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