2016年03月21日

アンディ・キャロル(Andrew Thomas "Andy" Carroll)〜長身の選手にありがちな足元のプレーは苦手〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はアンディ・キャロル選手です。

イングランド、タイン・アンド・ウィアのゲーツヘッド出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。ウェストハム・ユナイテッドFC所属。

【プレースタイル】
プレースタイルの相似からニューカッスルのレジェンドであるアラン・シアラーと比較される。古典的な9番のセンターフォワードで、強靭なフィジカル、左足での強力なシュート、絶対的なヘディングの強さを併せ持っている。ボールのキープも上手い。ケビン・キーガンは、「私が今まで見てきた選手でも3本の指に入る」と絶賛している。 「現在、プレミアリーグで最も魅力的なストライカーである」と対戦した監督から賞賛されることも少なくない。
しかし長身の選手にありがちであるが足元のプレーは苦手としている。




ニューカッスル・ユナイテッド
2005年にニューカッスル・ユナイテッドFCのユースチームでキャリアをスタートさせ、2006年にトップチームに昇格した。17歳と300日でUEFAカップのUSチッタ・ディ・パレルモ戦でデビュー。ニューカッスルの選手史上最年少のトップチームデビューであった。
2007年にはプレストン・ノースエンドFCにレンタル移籍した。翌2008-09シーズンにニューカッスルへ復帰するも、主にリザーブチームでのプレーが中心だった。このシーズン、チームはフットボールリーグ・チャンピオンシップへ降格し、マイケル・オーウェン、オバフェミ・マルティンス、マーク・ヴィドゥカといった当時の主力フォワードが移籍[2]。これを境に、2009-10シーズンからはショラ・アメオビやペーター・レーヴェンクランズとコンビを組みレギュラーとしてプレー。チャンピオンズシップ優勝の立役者となり、自身も17得点と大暴れした。2010-11シーズンからはニューカッスルのレジェンド、アラン・シアラーが着けた背番号「9」を着けることとなり、2010年10月には、新たに2015年までの5年契約を結んだ。プレミアリーグに昇格してもその得点力は通用し、前半戦だけで得点ランク3位の11得点を挙げた。
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リヴァプール
2011年1月31日にチェルシーFCに移籍したフェルナンド・トーレスと入れ替わるようにしてリヴァプールFCにイギリス人選手として最高額、また全てのサッカー選手のうち史上8番目に高い移籍金3500万ポンド(約45億円)で移籍した。 移籍前から負傷しており、怪我のためデビューは遅れたが、3月6日のマンチェスター・ユナイテッドFC戦において、後半途中から出場しデビューを果たした。4月11日のマンチェスター・シティFC戦では移籍後初ゴールを含む2得点を挙げ、チームの勝利に貢献した。

ウェストハム・ユナイテッド
2012年8月31日、ウェストハム・ユナイテッドFCへレンタル移籍。2013年6月19日、ウェストハムへ6年契約で完全移籍。

【悪童】
ピッチ外では問題児として知られている。2007年、U-19イングランド代表の遠征(対ルーマニア戦)で外出禁止令を破って遊びに出ていたため、自宅に強制送還されている。また、クラブでのトレーニング中にチームメイトのシャルル・ヌゾクビアが後方から危険なタックルをしてきたと怒り、取っ組み合いの喧嘩を起こした。2009年12月にはナイトクラブでキャロルの隣にいた男女が口論を始め、男が女性にグラスの水を浴びせたため、その男の顔にグラスを叩きつけ、騒動を起こし1000ポンドの罰金刑を受けた。2010年3月にはスティーヴン・テイラーと練習前に殴り合いの喧嘩を起こし、手を痛め全治2週間の怪我を負った(テイラーは顎を骨折)。一部のメディアでは女性問題が絡んでいると見ており、テイラーがキャロルの恋人に手を出したのではないかと噂されている。怪我の治療期間中、手に包帯をして元気に50セントのライブではしゃいでいるところを撮られている。また、以前のガールフレンドに暴力をふるったとして逮捕されたが、キャロルが他の女性といるところを目撃して元ガールフレンドが暴れた故の正当防衛であると判断され主将であるケヴィン・ノーランと同居することを条件に保釈された。しかし同居中、ノーランの家にあったキャロルの車が燃やされてしまい、ノーラン宅の車庫には卑猥な言葉が落書きされていた。また、出身がほど近いシェリル・コールのファンであり、「ジョーディー(イギリス北東部の訛り)の女の子が好きなんだ。もし彼女とディナーできたら、俺が彼女に見合う男だって証明する自信があるよ」とコメントしている。

【注目の動画】


総合評価
攻撃力【8】
守備力【5】
センス【7】


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ジェイ・スピーリング(Jay Francis Spearing)〜リヴァプールFCのユース育ちの生え抜きの選手〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はジェイ・スピーリング選手です。

イングランド・マージーサイド州ウィラル、ウォラシー出身のサッカー選手。ボルトン・ワンダラーズFC所属。ポジションはMF。

リヴァプールFCのユース育ちの生え抜きの選手。2009-10シーズンは、ほぼ全ての試合でベンチ入りしている。2009年10月17日の対サンダーランドAFC戦で先発出場し、プレミアリーグ初出場を果たした。 2010-11シーズンは、ロイ・ホジソンの下ではチームの不振もあり、プレミアリーグではなかなか出場機会を得ることができなかった。しかし、ヨーロッパリーグではグループリーグでチームの主力として活躍し、経験を積んだ。 成績不振によりホジソンが解任され、クラブの英雄ケニー・ダルグリッシュが就任して、3試合目のマージ−サイドダービーで先発に抜擢され、いいパフォーマンスを見せた。しかし、その後は相変わらずベンチに座る日々が続いた。 しかし、チームの大黒柱スティーヴン・ジェラードが怪我で離脱すると、先発で起用されるようになり、いいパフォーマンスを見せている。
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2012年8月31日、ボルトン・ワンダラーズFCへレンタル移籍し、翌年8月には完全移籍した。2015年1月30日、ブラックバーン・ローヴァーズFCにシーズン終了までの期限付きで加入した。

【注目の動画】





総合評価
攻撃力【8】
守備力【5】
センス【7】
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2016年02月11日

フランク・ランパード(Frank James Lampard Jr.OBE)〜PKを沈めた瞬間には左腕の袖下に隠していた喪章に口づけ〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はフランク・ランパード選手です。

イギリスの首都ロンドン出身のサッカー選手。メジャーリーグサッカー・ニューヨーク・シティFC所属。ポジションはミッドフィールダー。愛称はランプス。

1995年にウェストハムでプロ生活を始める。その後スウォンジー・シティにレンタル移籍する。復帰後はあまり活躍できずにいたが徐々に頭角を現し、1998-99シーズンは全試合に出場する。1999年にイングランド代表に招集され着実に成長していく。しかし、ウェストハムでは数シーズンに渡って経験を積むが、伯父のハリー・レドナップが監督、父親のフランク・ランパード・シニアがコーチであったために、調子が悪い時には批判の対象となっていた。ファンから愛されず、またレドナップ、フランク・シニアが不明確な理由でクラブから解雇されてしまい、自身の環境転換の為に2001年夏に移籍金1100万ポンド(約24億円)でチェルシーへ移籍。移籍後はセンターハーフとしてすぐにレギュラーを獲得。毎シーズン10得点以上記録するなど、中心選手として活躍。2005年にはバロンドール、FIFA最優秀選手賞共にロナウジーニョに次ぐ第2位の得票数を獲得。イングランド代表の同僚でリヴァプールのスティーヴン・ジェラードと並び、世界最高のセンターハーフの1人とも評された。

イングランド代表GKのデイビッド・ジェームズが保持していたプレミアリーグの連続試合出場記録を更新。2005年12月28日マンチェスター・シティ戦でウィルス性疾患のため欠場するまで、164試合連続出場という記録を残した。この期間、ランパードはミッドフィールダーという消耗の激しいポジションで怪我をしなかっただけでなく、累積警告による出場停止もなかった。

モウリーニョ監督の「国内選手にクラブを引っ張ってほしい」との方針から、チェルシーでは副キャプテンを務める。2006-07シーズンは故障がちなジョン・テリーに代わって、多くの試合でキャプテンマークを巻いた。

総合評価
攻撃力【8】
守備力【8】
センス【7】
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2016年02月10日

ジェイムズ・ミルナー(James Milner)〜プレミア1の器用貧乏〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はジェイムズ・ミルナー選手です。

イングランド・ウェスト・ヨークシャー・リーズ出身のサッカー選手。プレミアリーグ・リヴァプールFC所属。イングランド代表。ポジションはミッドフィールダー。U-21イングランド代表の最多出場記録(46試合)保持者である。

両足を使い分ける器用さにサイドを疾走する高速ドリブルや冷静さを持ち合わせる。両サイドでプレーが可能で、クロスの精度も良く時折見せる強烈なミドルシュートが魅力の選手。ポール・ガスコインを憧れの選手に挙げている。

ダーツが得意で、世界王者フィル・テイラーと対戦したこともある。

小学校時代はクリケット選手としての才能を認められており、さらに短距離走や長距離走で地区記録を出したことがある[1]。リーズ・ユナイテッドFCのユース時代は、トップチームのMFデヴィッド・バティのような選手を目指しており、自身の本職はセンターハーフだと語っている。

2002年11月にリーズ・ユナイテッドFCからデビューを果たすと、12月26日のサンダーランドAFC戦で得点し、ウェイン・ルーニーが持っていたFAプレミアリーグ最年少得点記録を更新した。このときミルナーは16歳357日で、2ヶ月前に達成されたルーニーの記録(16歳360日)を3日塗り替えた。この記録は現在はエヴァートンFC所属のジェームズ・ヴォーンが保持している。サンダーランドAFC戦の2日後のチェルシーFC戦でもゴールを決めた。2004年7月7日、クラブがFLチャンピオンシップ(2部)に降格し、さらに財政難に陥っていたために、ニューカッスル・ユナイテッドFCに売却された。この際、「ベンチに置かれ、才能がつぶれるのでは」との声が聞かれたが、その噂を打ち崩す活躍でレギュラーを奪取した。

2008年8月29日に契約内容の問題でニューカッスルを退団し、アストン・ヴィラFCへ移籍した。2009年夏にセンターハーフのギャレス・バリーがマンチェスター・シティに移籍し、ウイングが本職のスチュワート・ダウニングがミドルズブラFCから加入すると、自身が望んでいたセンターハーフにコンバートされた。2009-10シーズンは36試合に出場して7得点を決め、プレミアリーグの最優秀若手選手とベストイレブンに選ばれた。

2010年8月18日、スティーヴン・アイルランド+1800万ポンドのトレードでマンチェスター・シティFCに完全移籍した。

マンチェスター・シティFCからの再契約のオファーを断り、自身が希望する中央のポジションで出場機会を得るために2015年6月4日、リヴァプールFCへの移籍が発表された。2014-15シーズン限りで5年間の契約を満了していたため、フリー移籍となった。ミルナーは「この移籍の決断が僕にとって良いものになると信じている。多くの試合に出場し、このクラブが進める改革を達成するのに貢献したい」と意気込みを語った。背番号はルイス・スアレス、またレッズの伝説的な選手であるケニー・ダルグリッシュやケビン・キーガンの着けていた7番に決定した。背番号について「7番がこのクラブで特別な意味を持つことを知っている。僕もこのクラブの特別な選手の仲間入りするために最善を尽くすよ」と抱負を語った。

2009年8月8日、イングランド代表のファビオ・カペッロ監督に初招集されて8月12日のオランダ戦でデビューすると、いきなりFWジャーメイン・デフォーの得点をアシストする活躍を見せた。11月のブラジル戦でも安定したプレーを見せ、監督からの評価を絶対的なものとした。

2010年6月1日、2010 FIFAワールドカップに出場する23人に選ばれた。グループリーグ初戦のアメリカ戦は精彩を欠き、31分に途中交代させられたが、3戦目のスロベニア戦ではデフォーの決勝点をアシストするMVP級の働きを見せた。

2012年9月7日の2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選のモルドバ戦で代表初得点を挙げた。
【動画】

総合評価
攻撃力【7】
守備力【7】
センス【7】
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ジョーイ・バートン(Joseph Anthony Barton)〜THE 悪童〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はジョーイ・バートン選手です。

イングランド・マージーサイド州ノーズリー出身のサッカー選手。バーンリーFC所属。ポジションはMF。

【生い立ち】
マージーサイド州ノウズリーのハイトンで、4人兄弟の長男として育つ。14歳の時に両親が離婚し、屋根職人の父親と共にセントジョンの祖母の家で暮らした。 憧れであるエヴァートンのユースチームに所属していたが、14歳の時に退団させられ[要出典]、ノッティンガム・フォレストでトライアルを受けたが背が小さいという理由で落ちる。15歳の時にエヴァートンの元スカウトマンの目にとまり、マンチェスター・シティのトライアルに合格する。

【トラブル大全】
・2003年のクリスマスパーティで、悪ふざけからジェイミー・タンディがバートンの高級スーツの袖に火をつけた。頭にきたバートンはタンディの左目を目がけ火のついたタバコを押し付けてあやうく失明かと思わせる火傷を負わせる。クラブは6週間分の給料没収の処置。
・2004年7月、ドンカスター・ローヴァーズとの親善試合で、危険なタックルを相手に行い、乱闘に発展し当時のキーガン監督を激怒させた。しかしチームメイトのスティーブ・マクマナマンは「ジョーイ(・バートン)は、荒いプレーに関係なく、評価に値するに十分な素晴らしいプレーヤーだ。2、3の酷いタックルが向こうにもあったんだ。そんなことで大騒ぎするなんてナンセンスだよ。ジョーイは攻撃的なプレーヤーだけど、私にはそれが問題だなんて思えない」と擁護した。
・2005年5月、深夜2時ごろリバプールで車を運転中に35歳のリバプールサポーターと接触。足の骨を折る怪我を負わせてしまう。
・2005年7月22日、タイへの遠征中、バンコクのホテル内のバーで、エヴァートンサポーターの15歳の少年がバートンを蹴りつけ、それに報復。止めに入ったリチャード・ダンの手にも噛みついた。強制送還されたうえ、3万ポンド(約600万円)の罰金。さらに7日間にわたり自制に関するプログラムをクリニックで受けさせられた。クリニックにいた時間は人生が変わる経験だったと語る。
・2006年ドイツワールドカップの後、イングランド代表が次々と自伝を書き「勝利を獲得するまで、自伝を出すべきではない。俺がチームに入ってればもっとマシになったはず」と批判した。またジェラードとランパードが中盤で共存することはできないと断言した。
・2006年9月30日、エヴァートンとの試合後に、体に障がいを持つ味方サポーターに真っ先にかけよりユニフォームをプレゼント。その後相手サポーターの野次が聞こえてくると、笑顔でパンツを下ろし、お尻を出して応戦した。その行為が全国放送されてしまったことから公然わいせつとして警察とFAは調査。警察からはお咎めなしだったが、FAからは罰金(当時で)4400万円を科せられた。
・2007年2月、スペインとの親善試合でイングランド代表として後半に出場。わずか12分間のプレーだったが「他の奴がもっと長い時間にやった以上のことをやったと思っている」と豪語。
・2007年3月4日未明、リバプールでタクシー運転手に暴行を加えた容疑で逮捕されたが、これは無罪になった。
・2007年、所属するマンチェスター・シティが残留争いに巻き込まれ、クラブの補強を非難。クラブはバートンにインタビューを受けることを禁止した。イライラが募ったのかその年の5月には、練習中にチームメイトのウスマーヌ・ダボの顔面を複数回に渡り殴打し、網膜に傷を負わしている。この罪で1年後に執行猶予4ヶ月、地域奉仕200時間、3000ポンドの罰金を課せられた。
・2007年9月、怪我で試合に出られないので、子供の時に仲間とよくやっていた釣りに出かけて大いに楽しんだ模様。
・2007年12月27日、バートンはリバプール市内で口論となった16歳の少年に20発近い殴打を浴びせ、歯などを折る怪我を負わせた。ひどく酔った状態での犯行で、この罪により禁固6カ月。2008年5月20日から74日間服役した。
刑務所ではかなりの模範囚だったようだ。所内では当初清掃の仕事を任されたが、それを拒否し溶接工の仕事を得た。これはかなり気に入ったらしくめきめきと腕をあげ、楽しんでやっていた模様。後にフィットネスのトレーナーの仕事も得た。
・2008年8月30日、アーセナルとのアウェイゲームで、出所後4カ月ぶりにピッチに立ったが、89分にバートンが交代で登場すると割れんばかりの大ブーイングがスタジアムを包んだ。ピッチに入ってすぐアーセナルのMFサミル・ナスリ に強烈なスライディングタックルをお見舞い。ナスリは前のめりに勢いよく転倒。ナスリはボールを追いかけるバートンに対し、後ろからさりげなく蹴って報復し、イエローカードをもらう。試合後、ナスリの報復に対しキーガン監督がアーセナルの主将ウィリアム・ギャラスやナスリ本人に激しく抗議するひと波乱があった。
・2008年9月3日、練習帰りに車でバス専用車線を走行、信号無視する姿が目撃され議論を呼ぶ。
・2008年10月、滅多にメディアに出たがらないが、珍しく多くのインタビューに答えてこれからの人生の抱負を語った。その中でも「自分のような落ちこぼれでも、やればできる、不良たちのお手本になりたい」と言った発言が大々的に報道される。
・2008年10月25日、サンダーランドAFCとのタイン・ウェア・ダービーで出場停止から解禁されたが、サンダーランドサポーターからはウォームアップしている最中にコインを投げつけられたり、ブーイングを浴びせられた。バートンはトレーニングウェアのクラブエンブレムにキスして反撃。飛んできたコインは涼しい顔で返した。
・2008年10月28日、ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFCとのホームゲームで、開始9分にPKを得たニューカッスル。PKキッカーは決まっていたが、それを無視し、バートンは自らボールをセットし蹴って決めてしまう。ゴール後は胸を叩いてサポーターに駆け寄り喜びをアピール。その後「このゴールは俺ががっかりさせちまったファンや全ての人々に捧げる。他にも蹴りたい奴はいたけど、どうしても俺がやりたかった」と語った。
・2008年11月3日、アストン・ヴィラFCとのゲームで、あきらかにゲイブリエル・アグボナラホーのファウルだったが、バートンがファウルをしたという判定に激怒。アグボナラホーに詰め寄り、唇辺りを軽く叩いてしまった。マスコミは一斉に「人種差別的言動をした!!」とバートンを叩きはじめ、FAは暴力行為があったと認められた場合、6試合の出場停止を課すこともできたが、試合後のビデオチェックでお咎めなし。アグボナラホー本人も特にFAへ訴えることもなく、話は収束へ。ニューカッスルのヒュートンコーチは今回の件について「ジョーイに関する事件は、他のプレーヤーでも当然ありそうなことなのに、ジョーイの場合だと話が大きくなってしまう・・・」と嘆いた。
・2009年1月、運転資格がないにも関わらずニューカッスル市内を愛車で走っているところ目撃され、750ポンドの罰金を課せられた。
・2009年1月、古巣マンチェスター・シティ戦で、右足の第5中足骨を骨折し負傷交代。スタッフに付き添われロッカールームに戻る途中、失望と怒りの余りスパイクを思い切り目の前のドアに向かって投げつけた。
・2009年1月26日付で英タイムズ誌が発表した【現代フットボールに不要なものベスト50】の32位に堂々とランクインした。内容は、倒れている相手に蹴りをいれるような奴は要らない。Googleで【ジョーイ・バートン クズ】と、検索してみなさい。30,500件もヒットする!!というもの。
・2009年2月、ホームでのエヴァートンFC戦では怪我をしているにも関わらずチームウェアを着てベンチ入り。バートンの存在に気づいたエヴァートンを率いるデイヴィッド・モイーズ監督は握手を求めに行き、バートンも笑顔で握手に応えた。
・2009年4月、ロンドンのキングスクロスからケンブリッジへの旅行中に、切符を買わずに電車に乗って駅員に捕まる。£30.60の切符を持っていなくて、£61.20の罰金。しかしメディアは捕まった時に、バートンが文学を読んでいたことに注目。イギリス各誌は【バートンは読めるのか!?】という辛辣な見出しをつけて、事件を報道。バートンのスポークスマンは事件について「ジョーイ(バートン)は切符を買う暇がなかったんだ」とコメント。
・2009年4月、引退後を視野に入れてか競馬に関するビッグビジネスに興味を持っていることが明らかになる。
・2009年5月、アウェイのリヴァプールFC戦でスタメン出場したが、後半32分にスティーヴン・ジェラードのクロスを、ライン際でキープしたシャビ・アロンソに対し背後から強烈なスライディングタックルをする。バートンはボールを狙ったんだとアピールしたが、審判は迷うことなくレッドカードを提示。シャビ・アロンソは担架で運ばれ、バートンを欠いたニューカッスル・ユナイテッドは0-3で敗戦。降格の危機はより一層濃厚になった。試合後、バートンはアロンソに謝罪したが、このタックルに対して、アラン・シアラー監督は激怒し、バートンとドレッシングルームで取っ組み合いの罵り合いにまで発展。クラブはバートンに対して、無期限の謹慎、シーズン残りの全試合の出場停止となった。これにより降格の危機に直面しているニューカッスルは、残り試合をバートンなしで戦うことを余儀なくされた。
・2009年7月、複数のクラブがバートン獲得に乗り出したが、本人は生まれ故郷であり、憧れのクラブでもあるエヴァートンからオファーが来ない限り、残留する意向を示した。
・2009年8月、09/10シーズンの開幕戦をベンチスタートになったのは、チームメイトと大喧嘩したためとの報道が出たが、バートンのスポークスマンは事実無根と否定。
・2010年11月、ホームのブラックバーン・ローヴァーズFC戦、審判へ抗議に行こうとした際、相手MFモアテン・ガムスト・ペデルセンの肩が自分にかすったことに激怒し、ペデルセンのみぞおちにパンチを見舞った。
・2011年2月、アーセナル戦で、アブー・ディアビに対しタックルを見舞う。これに激怒したディアビは、バートンの首根っこをつかみ、そのまま突き飛ばした。このプレーでディアビは退場、その後、ニューカッスルは4点ビハインドの状態から追い付いた。
・2011年8月、2011-12シーズン開幕戦のアーセナル戦で、相手FWジェルビーニョがペナルティエリア内で転倒。これをダイブ行為だと判断し激怒したバートンは、ジェルビーニョのユニフォームをつかみ、無理やり引き起こした。しかし、逆にこの行為にジェルビーニョが激昂。もみ合いの末ジェルビーニョの手がバートンの左頬から頭にかけてに当たり、バートンは倒れ込んだ。この一連のプレーでジェルビーニョは1発退場。バートンはイエローカードで済んだ。なお、このゲームはジェルビーニョにとってプレミアデビュー戦だった。
・2012年5月13日、所属するクイーンズ・パーク・レンジャーズの一部残留がかかった最終節のマンチェスター・シティ戦で、後半早々にプレーとまったく関係のないところで相手FWカルロス・テベスに対しひじ打ちをしレッドカードを提示される。さらにその直後判定に対する腹いせとばかりセルヒオ・アグエロを膝で蹴り上げ、怒って詰め寄ってきたヴァンサン・コンパニに頭突きを見舞い、両入り乱れる乱闘騒ぎを起こし、関係者に連れられて退場した。この一連の行為に対し、リーグはバートンに12試合出場停止処分を下した。バートンはシーズン後、キャプテンと背番号をはく奪され、さらにQPRからは無償で放出する方針を明らかにされ、処分を受け入れつつも退団を申し出た。しかし、マーク・ヒューズがそれを拒否したため監督をツイッター上で批判した。結果的に希望していたマルセイユへのローン移籍が決まるが、12試合の出場停止処分が消化されておらず、移籍先のマルセイユでの処分継続となった。
Twitterではニーチェの言葉を引用するなど哲学的なツイートをしてたびたび話題になっている。本人によると仏教に関する本を多く読んでいるという。またサッカー選手の中ではフォロワーも多い。 かつての指揮官アラン・シアラーが自身を批判してきた際にはツイッターで「確かにお前は素晴らしい選手だった。だけど、俺のほうがまともな髪型をしているし、TVに出るときにはもっとマシなシャツを着ているし、人間的にまともだな。」とつぶやいた。それに対してのギャリー・リネカーの名指しでのつぶやきに対しても「また紳士気取り?。カラのクローゼットでもチェックしていればいいんだ。さっさと石の下にでも帰るんだなカエル野郎」と猛反撃を喰らわせた。
・2013年1月23日に行なわれたキャピタルワン・カップ準決勝スウォンジー・シティFCvsチェルシーFC戦においてチェルシーFCのMFエデン・アザールがボールボーイを蹴ったとされる問題では、「アザールはボールを取り返そうとしただけなのに、おそらくボールボーイを蹴ったという罪で処罰されるだろう。それなら、思いっきり蹴っときゃよかったのに」という趣の内容をつぶやき、話題となった。ちなみにその後「勘違いされたら困るが、子どもをボールのように蹴るのには反対だ」と言っている。なおバートンはその前の年にアグエロを蹴り上げて処分されている。
・2013年4月、パリ・サンジェルマン所属でブラジル代表DFチアゴ・シウヴァが、以前ネイマールを批判したバートンに「彼は偉大な選手を非難することを楽しんでいる」と反論したことに対して、バートンは「女々しいやつ」「性転換者」などといった辛辣な言葉で非難。PSG側から法的処置をとると警告を受け、所属クラブであるマルセイユが謝罪する事態となった。
チームメイトのアンドレ=ピエール・ジニャックと仲が良く、Twitterでユニークな会話を繰り広げている。

・2013年9月、哲学を学ぶためローハンプトン大学へ通いニュースになった。
・2013-14シーズンのバーンリーFC戦でサポーターからコーラのボトルを投げられた。
2014年のオフ、BBCの政治討論番組に「サッカー界の哲学王」として招待され、独立党の躍進について「ブス4人からマシなのを選んだ。それがあんたらだ」と女性議員の前で揶揄し議論はヒートアップ。女性議員から「失礼ね。サッカー選手は足に脳味噌があるのよ」と反論された。後に自身の発言を「失礼だった」と謝罪したが、「サッカー選手の脳が足にあるってのは俺の言ったどの発言より失礼な発言だ」と言い返した。また番組については「ブスな鳥がいないならまた出たいね」とツイートした。
2014−15シーズン、19節から25節まで7試合連続でイエローカードを受けるプレミアリーグ新記録を樹立。試合後の自身のツイッターで25節の対戦相手であるサンダーランドに勝利した感想を「勝利というものはいつだって良いものだ。特に相手が“5nder1and”なら尚更だな」とかつてニューカッスルに所属した際にチームがサンダーランドに5-1で勝った際の結果を造語にして挑発するコメントを残した。さらに26節のハル・シティ戦では、味方のファールに対しての判定に異議を申し立てるトム・ハドルストーンの股間にパンチを繰り出しレッドカードを受ける。

【動画】


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攻撃力【6】
守備力【6】
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