2017年02月07日

フェリペ・アンデルソン(Felipe Anderson Pereira Gomes)〜ラツィオの10番はネイマールの親友〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はフェリペ・アンデルソン選手です。

ブラジル・ブラジリア出身のサッカー選手。SSラツィオ所属。ポジションはMF。
ネイマールとはサントスFCユースからの親友として有名。
【ラツィオ】
2007年からサントスFCのユースに所属し、2010年にトップチームに昇格した。imagesJ7G2NENT.jpg
2013年1月にSSラツィオへの移籍が合意に達したが、最終的に破綻した。 7月にも再びオファーを出し、今度はラツィオへの完全移籍が決まった。
2013-14シーズンは適応に苦しみ活躍できなかったものの、2014-15シーズンに飛躍。2015-16シーズンから背番号を7番から10番に変更。

【動画】







総合評価
攻撃力【8】
守備力【5】
センス【8】


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ホジェル・ガウショ〜新潟のドリブラー〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はホジェル・ガウーショ選手です。

ブラジル出身のサッカー選手である。単にホジェル (Roger) 、あるいはホジェル・ガウショ (Roger Gaúcho) とも。ポジションは攻撃的ミッドフィールダー。

インテルナシオナル
ホジェルはインテルナシオナルでデビューした。カンピオナート・ブラジレイロでの初出場は、2007年6月30日のアトレチコ・ミネイロ戦だった。インテルナシオナルはこの試合を1対1で引き分けた[1]。

エナジースポーツ
2008年8月の契約終了後、9月のコパCGF出場の為、ポルト・アレグレに短期間在籍した。2008年12月には、エージェントグループ・エナジースポーツ傘下のブラザFCと5年の契約を結んだ。その後、彼はすぐにエナジースポーツと提携を結ぶミラソウへと籍を移した。

サンカエターノ
2009年4月、サンカエターノへ1年間の期限付きで移籍。2009年12月にサンカエターノと3年契約を結んだ。
2011年5月20日、ホジェルは3ヶ月間の期限付きでサントスへ移籍した[3]。2011月6月にサンカエターノとの契約を1年延長し、2012年はオエステやグレミオ・バルエリへ貸し出された。
2013年はエナジースポーツが新たなパートナーとなり、モジミリンに貸し出された。

ポンチ・プレタ
2013年5月、ポンチ・プレッタと契約を結んだ。ホジェルの保有権の50%は、依然としてエナジースポーツをはじめとしたインベスター達が保持している[4]。

アルビレックス新潟
2013年7月29日、アルビレックス新潟への加入内定が発表された[5]。登録名はホージェル・ガウーショ。2014年5月、所属元のポンチ・プレッタから復帰を前提とした照会があり、新潟との契約を解除した[6]。

【動画】



総合評価
攻撃力【6】
守備力【6】
センス【7】
posted by よしき at 15:00| Comment(0) | ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月06日

マルキーニョス(Marcos Aoás Corrêa)〜ビッグクラブ争奪戦勃発〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はマルキーニョス選手です。

ブラジル・サンパウロ出身のプロサッカー選手。リーグ・アン・パリ・サンジェルマンFC所属。ブラジル代表。ポジションはディフェンダー。
ローマ在籍時はチームメイトのマルキーニョとの混同を避けるため、Marcosと呼ばれていた。

【経歴】
・クラブ
2002年からコリンチャンスのユースチームに所属し、2011年からトップチームに昇格。2012年にはコリンチャンスのコパ・リベルタドーレス初優勝に貢献した。
2012年8月21に移籍金150万ユーロで、セリエAのASローマにレンタル移籍。2012年9月16日のボローニャ戦で途中出場し、セリエAデビュー。10月7日のアタランタ戦で初先発しクリーンシートでの勝利に貢献した。
冬には完全移籍し、1年を通してレギュラーの座を勝ち取りリーグ戦30試合に出場するなど、10代の選手とは思えない大活躍だった。
2013年7月19日、パリ・サンジェルマンFCに移籍決定。契約は6年間。移籍金はDFとしては破格の3500万ユーロともいわれている。背番号は5番。




・代表
2011年の南米ユース選手権ではブラジルのキャプテンとしてプレーし、優勝に貢献。18歳ながらロンドンオリンピックのリザーブメンバーにも登録された。
2013年11月16日にアメリカのマイアミで行われたホンジュラス代表との親善試合でA代表初出場を果たした。

【特徴】
プレースタイルは、18歳とは思えない読みの良さ、1VS1も非常に強く、ポジショニングも非常に良くスピードもあるため、カバーリングの能力も高く走り負けることもほとんどない非常に才能あふれる選手です。線が細いにもかかわらずバランスも非常に良く競り合いなどにも光るものを見せてくれます。

【動画】


総合評価
攻撃力【5】
守備力【7】
センス【8】
posted by よしき at 12:00| Comment(0) | ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月05日

ジウベルト・シウバ(Gilberto Aparecido da Silva)〜ブラジルの見えない壁〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はジウベルト・シウバ選手です。

ブラジルの見えない壁」との異名を持つ選手。2002 FIFAワールドカップ・南米予選では全く無名の存在だったものの、本大会で活躍した。
元ブラジル代表監督ルイス・フェリペ・スコラーリが発掘した最大のタレントと言われている。
アーセナルFCでは2006-07シーズンから副キャプテンを務めた。2008-09シーズンからはギリシャのパナシナイコスFCでプレイした。2010年5月に母国ブラジルの名門グレミオFBPAへの移籍が発表された。
2015年12月11日、現役引退を発表した。

ブラジル・ミナスジェライス州出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。


アーセナルFCのアーセン・ベンゲル監督からは「ほとんどの面においてエマニュエル・プティよりも実力は上」と評されていた。

横浜F・マリノスの中澤佑二とはアメリカFCのユースチーム時代の知り合い。2006 FIFAワールドカップ、ブラジル戦後ユニフォーム交換もしている。

ナイキ社のスパイクを着用。

音楽が好きで、マンドリンとギターを演奏することができる。


【注目の動画】






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総合評価
攻撃力【5】
守備力【7】
センス【9】
posted by よしき at 10:26| Comment(0) | ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エジナウド・バチスタ・リバノ(グラフィッチ(Grafite))〜愛称はポルトガル語で「鉛筆の芯」〜元ゴミ袋のセールスマン

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こんにちわ

本日紹介する選手はグラフィッチ選手です。

ブラジル・サンパウロ州出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。


【注目の動画】


サッカーを本格的に始めたのは20歳の頃。それまではゴミ袋のセールスマンのアルバイトをしながら地元のチームでサッカーをたしなむ程度だった。ゴイアスEC時代の2003年にブレイクした。ブラジル選手権で、セカンドトップの役割を果たしながら20試合12ゴールと大活躍。サンパウロFCの目にとまり、そのまま移籍した。2005年のコパ・リベルタドーレスやFIFAクラブ世界選手権優勝に貢献した。
2005年、コパ・リベルタドーレスのキルメスAC戦で、相手のレアンドロ・デサバトが自身をマカーコ(ポルトガル語で猿)呼ばわりしたと試合後抗議したため、デザバトはそのまま警察へとつれていかれた。そのニュースは世界中のマスコミでも取り上げられた。デザバトは2日後にブラジルへ来て事情説明すると約束し、アルゼンチンへ帰国した。
2006年1月にフランス・リーグ・アンのル・マンUCに移籍し、欧州進出を果たした。
2007年8月31日にVfLヴォルフスブルクへ移籍した。2008-09シーズンはエネルギー・コットブス戦やシャルケ04戦でハットトリックを達成するなど、エディン・ジェコとのコンビで得点を量産した。ホームでのバイエルン・ミュンヘン戦では、ゴールキーパーを含めて3人を交わした後にヒールキックでボールをゴールに流し込むお洒落なシュートを見せた。最終的には28得点を記録し、得点王に輝くなどクラブ初のリーグ優勝に貢献した。この活躍により、キッカー紙が選出する年間最優秀選手に選ばれた。2009年9月15日、初出場となったUEFAチャンピオンズリーグ・グループリーグ第1節PFC CSKAモスクワ戦でハットトリックを達成した。

2005年4月、ロマーリオの引退試合となったグアテマラとの親善試合でブラジル代表デビューした。ロマーリオと交代したのがグラフィッチで、1得点を奪った。ヴォルフスブルクでの活躍を受けて、2010年3月2日のロンドンでの親善試合アイルランド代表戦において、離脱したルイス・ファビアーノに替わって、5年ぶりにブラジル代表復帰を果たした。試合では後半途中から出場し、ロビーニョの2点目をアシストする活躍を見せた

グラフィッチという愛称はポルトガル語で「鉛筆の芯」という意味。マトネンセ時代の監督が、エジナウドは色が黒くてひょろっと背が高く、教え子の「グラフィッチ」(エジナウドとは別人)に似ているという理由で命名した。それまでは『ルーナ』という名前でプレーしていた(『ルーナ』では響きがかわいくて強さが感じられないことも理由のひとつだった)。
グレミオFBPAやサンパウロFCでもともにプレーしたジョズエと仲が良く、家族ぐるみの付き合いがある。サンパウロ時代のチームメイトであるルイス・ファビアーノも親友のひとりである。





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総合評価
攻撃力【7】
守備力【8】
センス【8】
ラベル:優勝 FW
posted by よしき at 09:19| Comment(0) | ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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