2017年02月07日

ホジェル・ガウショ〜新潟のドリブラー〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はホジェル・ガウーショ選手です。

ブラジル出身のサッカー選手である。単にホジェル (Roger) 、あるいはホジェル・ガウショ (Roger Gaúcho) とも。ポジションは攻撃的ミッドフィールダー。

インテルナシオナル
ホジェルはインテルナシオナルでデビューした。カンピオナート・ブラジレイロでの初出場は、2007年6月30日のアトレチコ・ミネイロ戦だった。インテルナシオナルはこの試合を1対1で引き分けた[1]。

エナジースポーツ
2008年8月の契約終了後、9月のコパCGF出場の為、ポルト・アレグレに短期間在籍した。2008年12月には、エージェントグループ・エナジースポーツ傘下のブラザFCと5年の契約を結んだ。その後、彼はすぐにエナジースポーツと提携を結ぶミラソウへと籍を移した。

サンカエターノ
2009年4月、サンカエターノへ1年間の期限付きで移籍。2009年12月にサンカエターノと3年契約を結んだ。
2011年5月20日、ホジェルは3ヶ月間の期限付きでサントスへ移籍した[3]。2011月6月にサンカエターノとの契約を1年延長し、2012年はオエステやグレミオ・バルエリへ貸し出された。
2013年はエナジースポーツが新たなパートナーとなり、モジミリンに貸し出された。

ポンチ・プレタ
2013年5月、ポンチ・プレッタと契約を結んだ。ホジェルの保有権の50%は、依然としてエナジースポーツをはじめとしたインベスター達が保持している[4]。

アルビレックス新潟
2013年7月29日、アルビレックス新潟への加入内定が発表された[5]。登録名はホージェル・ガウーショ。2014年5月、所属元のポンチ・プレッタから復帰を前提とした照会があり、新潟との契約を解除した[6]。

【動画】



総合評価
攻撃力【6】
守備力【6】
センス【7】
posted by よしき at 15:00| Comment(0) | ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月06日

マルキーニョス(Marcos Aoás Corrêa)〜ビッグクラブ争奪戦勃発〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はマルキーニョス選手です。

ブラジル・サンパウロ出身のプロサッカー選手。リーグ・アン・パリ・サンジェルマンFC所属。ブラジル代表。ポジションはディフェンダー。
ローマ在籍時はチームメイトのマルキーニョとの混同を避けるため、Marcosと呼ばれていた。

【経歴】
・クラブ
2002年からコリンチャンスのユースチームに所属し、2011年からトップチームに昇格。2012年にはコリンチャンスのコパ・リベルタドーレス初優勝に貢献した。
2012年8月21に移籍金150万ユーロで、セリエAのASローマにレンタル移籍。2012年9月16日のボローニャ戦で途中出場し、セリエAデビュー。10月7日のアタランタ戦で初先発しクリーンシートでの勝利に貢献した。
冬には完全移籍し、1年を通してレギュラーの座を勝ち取りリーグ戦30試合に出場するなど、10代の選手とは思えない大活躍だった。
2013年7月19日、パリ・サンジェルマンFCに移籍決定。契約は6年間。移籍金はDFとしては破格の3500万ユーロともいわれている。背番号は5番。




・代表
2011年の南米ユース選手権ではブラジルのキャプテンとしてプレーし、優勝に貢献。18歳ながらロンドンオリンピックのリザーブメンバーにも登録された。
2013年11月16日にアメリカのマイアミで行われたホンジュラス代表との親善試合でA代表初出場を果たした。

【特徴】
プレースタイルは、18歳とは思えない読みの良さ、1VS1も非常に強く、ポジショニングも非常に良くスピードもあるため、カバーリングの能力も高く走り負けることもほとんどない非常に才能あふれる選手です。線が細いにもかかわらずバランスも非常に良く競り合いなどにも光るものを見せてくれます。

【動画】


総合評価
攻撃力【5】
守備力【7】
センス【8】
posted by よしき at 12:00| Comment(0) | ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月05日

ジウベルト・シウバ(Gilberto Aparecido da Silva)〜ブラジルの見えない壁〜※FIFA20 使用感

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こんにちわ

本日紹介する選手はジウベルト・シウバ選手です。

ブラジルの見えない壁」との異名を持つ選手。2002 FIFAワールドカップ・南米予選では全く無名の存在だったものの、本大会で活躍した。
元ブラジル代表監督ルイス・フェリペ・スコラーリが発掘した最大のタレントと言われている。
アーセナルFCでは2006-07シーズンから副キャプテンを務めた。2008-09シーズンからはギリシャのパナシナイコスFCでプレイした。2010年5月に母国ブラジルの名門グレミオFBPAへの移籍が発表された。
2015年12月11日、現役引退を発表した。

ブラジル・ミナスジェライス州出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。


アーセナルFCのアーセン・ベンゲル監督からは「ほとんどの面においてエマニュエル・プティよりも実力は上」と評されていた。

横浜F・マリノスの中澤佑二とはアメリカFCのユースチーム時代の知り合い。2006 FIFAワールドカップ、ブラジル戦後ユニフォーム交換もしている。

ナイキ社のスパイクを着用。

音楽が好きで、マンドリンとギターを演奏することができる。


【注目の動画】






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総合評価
攻撃力【5】
守備力【7】
センス【9】
posted by よしき at 10:26| Comment(0) | ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エジナウド・バチスタ・リバノ(グラフィッチ(Grafite))〜愛称はポルトガル語で「鉛筆の芯」〜元ゴミ袋のセールスマン※FIFA20 使用感

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こんにちわ

本日紹介する選手はグラフィッチ選手です。

ブラジル・サンパウロ州出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。


【注目の動画】


サッカーを本格的に始めたのは20歳の頃。それまではゴミ袋のセールスマンのアルバイトをしながら地元のチームでサッカーをたしなむ程度だった。ゴイアスEC時代の2003年にブレイクした。ブラジル選手権で、セカンドトップの役割を果たしながら20試合12ゴールと大活躍。サンパウロFCの目にとまり、そのまま移籍した。2005年のコパ・リベルタドーレスやFIFAクラブ世界選手権優勝に貢献した。
2005年、コパ・リベルタドーレスのキルメスAC戦で、相手のレアンドロ・デサバトが自身をマカーコ(ポルトガル語で猿)呼ばわりしたと試合後抗議したため、デザバトはそのまま警察へとつれていかれた。そのニュースは世界中のマスコミでも取り上げられた。デザバトは2日後にブラジルへ来て事情説明すると約束し、アルゼンチンへ帰国した。
2006年1月にフランス・リーグ・アンのル・マンUCに移籍し、欧州進出を果たした。
2007年8月31日にVfLヴォルフスブルクへ移籍した。2008-09シーズンはエネルギー・コットブス戦やシャルケ04戦でハットトリックを達成するなど、エディン・ジェコとのコンビで得点を量産した。ホームでのバイエルン・ミュンヘン戦では、ゴールキーパーを含めて3人を交わした後にヒールキックでボールをゴールに流し込むお洒落なシュートを見せた。最終的には28得点を記録し、得点王に輝くなどクラブ初のリーグ優勝に貢献した。この活躍により、キッカー紙が選出する年間最優秀選手に選ばれた。2009年9月15日、初出場となったUEFAチャンピオンズリーグ・グループリーグ第1節PFC CSKAモスクワ戦でハットトリックを達成した。

2005年4月、ロマーリオの引退試合となったグアテマラとの親善試合でブラジル代表デビューした。ロマーリオと交代したのがグラフィッチで、1得点を奪った。ヴォルフスブルクでの活躍を受けて、2010年3月2日のロンドンでの親善試合アイルランド代表戦において、離脱したルイス・ファビアーノに替わって、5年ぶりにブラジル代表復帰を果たした。試合では後半途中から出場し、ロビーニョの2点目をアシストする活躍を見せた

グラフィッチという愛称はポルトガル語で「鉛筆の芯」という意味。マトネンセ時代の監督が、エジナウドは色が黒くてひょろっと背が高く、教え子の「グラフィッチ」(エジナウドとは別人)に似ているという理由で命名した。それまでは『ルーナ』という名前でプレーしていた(『ルーナ』では響きがかわいくて強さが感じられないことも理由のひとつだった)。
グレミオFBPAやサンパウロFCでもともにプレーしたジョズエと仲が良く、家族ぐるみの付き合いがある。サンパウロ時代のチームメイトであるルイス・ファビアーノも親友のひとりである。





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総合評価
攻撃力【7】
守備力【8】
センス【8】
ラベル:優勝 FW
posted by よしき at 09:19| Comment(0) | ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

レオ・シルバ〜スタミナ源はハッピーターン!?〜※FIFA20 使用感

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こんにちわ

本日紹介する選手はレオ・シルバ選手です。

ブラジル出身のサッカー選手。ポジションは守備的ミッドフィールダー。Jリーグ・アルビレックス新潟所属。

【経歴】
15歳でプロクラブのテストに合格。プロテストに合格する以前はフットサルをプレーしていた。2004年には20歳以下ブラジル代表に選出され、静岡県で行われたSBSカップに出場した。2012年はポルトゲーザに所属し、セリエA36試合に出場。ゲームキャプテンも務めた。
2012年12月22日、アルビレックス新潟への入団内定が発表された。獲得にあたっては、かつて新潟に所属したアンデルソン・リマの「レオ・シルバは間違いない」との助言があったという。リマはポルトゲーサのコーチとしてレオ・シルバを指導していた。彼の出身地であるサン・ルイスの地方紙 O Imparcial のウェブ版は、新潟との契約期間を5年と報じている。2013年シーズン開幕前には既に柳下正明監督の信頼を得、「レオはやりたいプレーがはっきりしている。だから周りも動かせる」と評価された。

2013年シーズン、レオ・シルバはリーグ戦32試合に出場。中盤の底で攻守にわたって存在感を見せ、ボール奪取数はリーグ最高を記録した。シーズン終了後のJリーグアウォーズでは優秀選手賞を受賞。柏レイソルや大宮アルディージャからの興味が報道されるが、2014年も新潟との契約を更新し、累積警告での欠場を除くリーグ戦33試合に出場。直接FKからの4得点を含む6得点を記録した。Jリーグアウォーズでは2年連続で優秀選手賞を受賞し、全選手中の最多得票を集めてベストイレブンに選出された。

2015年5月、肝機能数値に異常が見つかり、精密検査の為にブラジルへ一時帰国。急性胆嚢炎と診断され、現地で胆嚢摘出手術を受けた。

【プレースタイル】
中盤の底、ボランチのポジションでプレーする。新潟入団の際には「豊富な運動量で攻守両面においてチームを牽引できるボランチ。正確な技術と高い戦術センスでゲームを構築するだけではなく、フィニッシュの局面にも絡むことができる」と紹介された。

名波浩は「ボールアプローチのセンスが抜群」とし、「相手ボールに対して、自分が奪える、奪えない、もしくは周りの味方選手が奪える、奪えない、というジャッジが非常に優れている。ゆえに、味方と横にスライドしながら対応するときでも、前後でタテ関係を築いたときでも、周囲とスムーズな連係を見せて相手ボールを奪取することができる」と分析した。新潟で監督として指導した柳下正明は守備能力について「後ろから追いかけて取るというのが上手い。一度はかわされるかもしれないが、その後にすぐリカバーして奪う。これはなかなかできる選手はいないので、そこはJでも一番じゃないかな」と述べ、同時にキックの精度についても新潟入団後の成長に言及している。

【ハッピーターン】
夫人との間に2子。2013年9月27日に生まれた第2子の名前は、祖父と自らの名前からとられたブルーノ・レオナルド。来日1年目は単身新潟で生活していたが、2014年に家族も来日した。
亀田製菓が製造販売する揚げ菓子「ハッピーターン」を好み、新潟のクラブ公式サイト上の「美味しくて感動した新潟の料理」と「好きな新潟のお菓子」というアンケートには、ともにこの洋風せんべいの名を挙げている。自ら決勝点をあげて勝利した2014年3月23日のサガン鳥栖戦では、マッチスポンサーの亀田製菓からハッピーターン1年分を贈られ、満面の笑みを見せていた。2015シーズン終了後にはスカパー!で放送されたクラブオフィシャル番組の企画としてハッピーターン製造工場を見学。出来立てのハッピーターンに大量に粉を付けて食べるなど大好きっぷりを披露した。

【動画】


総合評価
攻撃力【7】
守備力【7】
センス【6】
posted by よしき at 03:00| Comment(0) | ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする