2016年02月04日

マイコン(Maicon Douglas Sisenando)〜歴代最高レベルの右SB〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はマイコン選手です。

ブラジル・サンタカタリーナ州クリシウマ出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー(右サイドバック)。イタリアセリエA、ASローマ所属。ポルトガル語では、ダグラスではなくドグラスと発音。ブラジル代表。

【クラブ経歴】
クルゼイロ
2001年にクルゼイロECでプロデビュー。主力選手として2シーズンを過ごし、頭角を現す。
モナコ
2004年7月1日にフランスのASモナコに移籍。レギュラーとして2シーズンで59試合に出場し5ゴールを挙げた。
・全盛期はインテル時代
ロベルト・マンチーニのラブコールを受けて2006年7月1日にイタリアのインテル・ミラノに移籍。すぐにレギュラーポジションを奪取し、移籍初年度でチームのリーグ優勝に貢献した。2009-2010シーズンはセリエA、コッパ・イタリア、UEFAチャンピオンズリーグの3大会で合計7ゴール12アシストの活躍で、イタリアのクラブ史上初の主要タイトル三冠達成に貢献した。
インテルには実働6シーズンで249試合出場20得点。国内外あわせて11のタイトルを手にした。

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マンチェスター・シティ
2012年8月31日、プレミアリーグのマンチェスター・シティFCに移籍金400万ユーロで移籍。マンチーニと再会することになった。しかし、プレミアの水になじめず、リーグ戦7試合の出場に終わった。
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ASローマ
2013年7月18日、マンチェスター・シティはASローマに移籍が決定と発表した。

ブラジル代表
2003年のCONCACAFゴールドカップ初戦のメキシコ戦で(23歳以下の年齢制限付きながら)ブラジル代表デビューを飾った。続くホンジュラス戦で代表初得点を記録。2004年のコパ・アメリカでは優勝を経験している。
2010 FIFAワールドカップ初戦の北朝鮮戦では先制点を挙げ、大会選定のマンオブザマッチに選出された。
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【エピソード】
「マイコン・ドウグラス」 (Maicon Douglas) という名前は、俳優のマイケル・ダグラス (Michael Douglas) に由来する。マイコンの父親がカーク・ダグラスの大ファンであり、自分の息子にカークの実子と同じ名前を付けた。しかし戸籍を登録する際、担当者に「外国風の名前は認められない」と言われ、英語の発音に近いポルトガル語の綴りで"Maicon"と名付けた。

【動画】〜超有名動画 神ゴール〜


総合評価
攻撃力【7】
守備力【6】
センス【7】


posted by よしき at 21:36| Comment(0) | ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月30日

アレシャンドレ・パト(アレシャンドレ・ロドリゲス・ダ・シウヴァ)(Alexandre Rodrigues da Silva)〜チェルシーへ移籍決定〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はアレシャンドレ・パト選手です。

ブラジル・パラナ州パト・ブランコ出身のサッカー選手。ポジションはFW。登録名はアレシャンドレ・パト(Alexandre Pato)。チェルシーFCに所属。あだ名の「パト」は、出身地に由来する。

クラブ
インテルナシオナル
4歳の時にはじめたフットサルで基本技術を身につけ、12歳でSCインテルナシオナルの下部組織に入団した。16歳のときにU-20の州選手権で得点王を獲得し、「クラブ史上最高の素材」と評判になった。当時は他クラブの引き抜きを恐れ、あえて下部組織で教育を続けられた。2006年11月末のパルメイラス戦でデビューすると、開始わずか1分でプロ入り初ゴールを決め、さらに3得点に絡むというドラマチックなデビューを飾った。17歳でFIFAクラブワールドカップ2006に出場、得点を上げるなどの実績を残している。アル・アハリ戦では肩でリフティングをするドリブルを披露するなどし、メディアの注目を集めた。

2007年7月、カナダで行われたFIFA U-20ワールドカップでの活躍により、ACミラン、インテル・ミラノ、レアル・マドリード、チェルシーFCなどが獲得オファーを出した。

ミラン
2007年8月、セリエAのACミランへ移籍。移籍金は推定2200万ユーロ(約36億円)。しかし、FIGCのEU圏外選手登録年齢制限が解ける18歳にならないと試合出場ができないため、公式戦に出場するのは翌2008年初頭からとなり、1月4日にレガ・カルチョから登録を完了したことが発表された。

2008年1月13日、セリエA第18節の対SSCナポリ戦にてセリエAデビューを果たし、この試合でセリエA初ゴール記録。シーズン通算で20試合に出場し、チーム3位となる9得点を挙げた。

2008-09シーズンはレギュラーに定着し36試合に出場。チーム2位でセリエA全体でも6位となる15得点を挙げ、セリエA年間最優秀若手選手賞を受賞。なお、イタリア人選手以外での受賞は、前年度のマレク・ハムシークに続き2人目。

2009-10シーズンはレオナルド監督の下、ロナウジーニョ、マルコ・ボリエッロとともに3トップを形成し好パフォーマンスを披露。2010年1月にはブラジル人選手として初めて、オスカル・デル・カルチョの年間最優秀若手選手賞を受賞した。一方で、2010年1月に肉離れを起こして以降、負傷を繰り返すようになり、2年間で8度の筋肉の怪我を負っている。
2010年12月にはアメリカのデューク大学で精密検査を受けた。
2011-12シーズンはさらに負傷離脱が続き、リーグ戦11試合出場でわずか1得点に終わった。
2012-13シーズンからフィリッポ・インザーギの引退で欠番となった背番号「9」を背負うも度重なる負傷癖は変わらず。冬の移籍市場で移籍を志願した。

コリンチャンス
2013年1月、母国のコリンチャンスに完全移籍した。契約は4年間で移籍金は1500万ユーロ(約17億円)。
2014年2月、サンパウロFCにレンタル移籍した。

欧州再上陸〜チェルシー移籍決定
2016年1月30日、チェルシーFCに半年間のレンタル移籍が決定。

【代表】
2008年3月26日、ロンドンで行われた国際親善試合、対スウェーデン戦でA代表デビュー。決勝点となるゴールを決め、華々しいデビューを飾った。しかし、度重なる怪我の影響もあり2010 FIFAワールドカップのメンバーからは外れた。ワールドカップ終了後最初の試合となったアメリカとの親善試合では約1年ぶりに招集され、デビュー戦以来となるゴールも記録した。

【プレースタイル】
速い、テクニックもある、ヘディングはまぁまぁ、決定力は高い
1トップの選手ではなく、2トップのちょっと下がり目な所の方。アーセナルのファンペルシーみたいなポジションの感じ。
万能性が高く、システム適応能力も高い。

【動画】




総合評価
攻撃力【6】
守備力【5】
センス【7】
posted by よしき at 20:27| Comment(0) | ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ラミレス(Ramires Santos do Nascimento)〜DeNAの監督じゃありません〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はラミレス選手です。

ブラジル・リオデジャネイロ州バラ・ド・ピライ出身のサッカー選手。中国サッカー・スーパーリーグ・江蘇蘇寧所属。ブラジル代表。ポジションはミッドフィールダー。

【クラブ】
2007年にジョインヴィレECのトップチームに昇格し、同年クルゼイロECに完全移籍した。2007年は32試合に出場して3得点、2008年は25試合に出場して6得点を記録した。クルゼイロでの活躍が認められ、2009年夏に移籍金750万ユーロの5年契約でSLベンフィカに移籍した。2010年8月13日、イングランドのチェルシーFCに4年契約で移籍し、同年8月28日のストーク・シティFC戦でデビューを果たした。2011年1月24日のボルトン・ワンダラーズFC戦でリーグ戦での移籍後初ゴールを記録。
2016年1月27日、中国サッカー・スーパーリーグの江蘇蘇寧へ移籍することが発表された。

【代表】
2008年夏に行われた北京オリンピックに、ケガで辞退したロビーニョの代替選手として選出されると、6試合中4試合に出場し銅メダル獲得に貢献。2009年5月にはブラジル代表に初招集。6月のワールドカップ南アフリカ大会・南米予選のウルグアイ戦で初キャップを刻んだ。FIFAコンフェデレーションズカップ2009にも出場して優勝に貢献した。翌年の南アフリカW杯ブラジル代表にも選出され、大会前の6月7日に行われた親善試合のタンザニア戦では代表初得点を含む2得点を挙げた。

【動画】


総合評価
攻撃力【7】
守備力【7】
センス【7】
posted by よしき at 12:50| Comment(0) | ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月29日

ジェルソン(ジェルソン・サントス・ダ・シウヴァ)〜ネイマール2世筆頭候補〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はジェルソン選手です。

【プロフィール】
出身地:ベルフォード・ロッショ/Belford Roxo (RJ)
国籍:ブラジル
生年月日 (年齢):1997/05/20 (18歳)
身長 / 体重:184cm / 74kg
背番号:21

フルミネンセ下部組織出身、2015年U-20南米選手権のブラジル代表。
左利きのメイアだがセンターハーフ的な要素を備えており、2015年1月には(トップチームでデビューしていないにも関わらず)当時、イタリアで素晴らしいパフォーマンスにより賞賛されていたフランス代表MF、ポグバに例えられ、ユヴェントスが獲得に乗り出していると伝えられた。
自らドリブルで仕掛けることも可能だが味方を生かすパスに長けており、”現代的な10番”と表現することができる選手だ。

同選手の父親であるマルコス・アントニオ・ダ・シウバ氏はブラジルメディアに対し、「ジェルソンがユベントスに加入すれば、すぐにでもトップチームに加わることができるはずだ」とコメント。その自信を隠してはいない。
「ユベントスとブラジルのシンボルになるだろうね。彼らは息子に対して特別注目してきた。偉大なサッカー選手として成長させるためにね」
しかしながら、ジェルソンを狙うのはユベントスだけではない。マルコス氏は「ユーベのプロジェクトは非常に興味深い」としながらも、「バルセロナもまた驚くべき解決策となるはずだ」と語っている。
未成年者の選手獲得に違反したバルセロナは2016年1月まで補強を行なうことができない。そのため、現時点でジェルソン獲得レースはユベントスがリードしているとみられている。果たしてブラジルの神童を獲得するのはどのクラブになるのだろうか。

総合評価
攻撃力【8】
守備力【4】
センス【9】
posted by よしき at 16:43| Comment(0) | ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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