2016年03月26日

ドンナルンマ(ジャンルイジ・ドンナルンマ)

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こんにちわ

本日紹介する選手はドンナルンマ選手です。

【プロフィール】
イタリアカンパニア州ナポリ県カステッランマーレ・ディ・スタービア出身のサッカー選手。セリエA・ACミラン所属。ポジションはゴールキーパー。

シニシャ・ミハイロヴィチ監督によってユースから昇格し、第三ゴールキーパーとなった。インターナショナル・チャンピオンズ・カップ 2015でインテル、レアル・マドリードの両チームと対戦し、7月30日のレアル・マドリード戦の72分にディエゴ・ロペスに代わりプロデビューを果たした。この試合では残り時間を無失点に抑えたものの、その後のPK戦で彼が得点に失敗した事によって敗北を喫した。
2015年10月25日のサン・シーロで行われたUSサッスオーロ・カルチョ戦ではリーグ戦初出場を果たし、スターティングメンバーにも名を連ねた。この初出場に際してはディエゴ・ロペスが以前の三試合で勝利を摑めなかった事があり、これによって若き彼はセリエAでのデビューを果たした。この16歳8ヶ月の記録はゴールキーパーとして最も若い記録となっている。ミハイロヴィチ監督には「イタリアサッカーの未来」と称される程にその能力を買われている。無失点に抑えた初試合はその三日後のACキエーヴォ・ヴェローナ戦であり、1-0の勝利でこの試合を終えた。11月8日には4試合目の出場となり、海外のメディアからも注目され、アタランタBC相手にスコアレスドローの結果を出した。




【動画】


総合評価
攻撃力【3】
守備力【8】
センス【9】
posted by よしき at 05:00| Comment(0) | イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月24日

マッティア・デストロ(Mattia Destro)〜イタリア期待の若手ストライカー〜※FIFA21 使用感


マッティア・デストロ(Mattia Destro, 1991年3月20日 - )は、イタリア・マルケ州アスコリ・ピチェーノ出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。ボローニャFC所属。

ユース時代
アスコリ・カルチョのユースチームで競技生活を開始。2005年にインテルのユースチームに移籍。2009–10シーズンにはカンピオナート・プリマヴェーラで18ゴールを記録した。

ジェノア
2010年6月、アンドレア・ラノッキアがインテルに移籍するに際して、デストロの共同保有権がジェノアCFCに譲渡され、2010-11シーズンはレンタル移籍の形でジェノアでプレーすることになった。2010年9月12日、負傷したルカ・トーニの代役としてACキエーヴォ・ヴェローナ戦でデビュー。3-4-3システムのセンターフォワードとしてプレーしゴールも記録した。その後は主に途中出場で起用され、シーズン終了後の2011年6月にジェノアが共同保有権を450万ユーロで買い取った。
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シエナ
2011年夏、ACシエナに共同保有権が譲渡され、同チームにレンタル移籍。早々にレギュラーの座を奪うと、30試合で12ゴールを挙げる活躍をみせた。

ローマ
2012年7月30日に、ASローマへ買取オプション付きのレンタル移籍で加入することが発表された。レンタル料は1150万ユーロで、買取オプションを行使する場合は450万ユーロが追加する契約となっている。
ローマ移籍後はゴールから見放されていたが、2012年11月5日のパレルモ戦で移籍後初得点を記録。しかし既に1枚イエローカードを提示された上でゴール後にユニフォームを脱いだことで2枚目のカードをもらい、退場となってしまった。
2013年6月、ローマは買い取りオプションを行使し、450万ユーロでローマへ完全移籍。
2015年1月、買い取りオプション付きのレンタルでミランへ移籍。

ボローニャ
2015年8月、ボローニャFCへの移籍が決定。

代表歴
イタリア代表として各年代でプレー。2012年5月にはUEFA EURO 2012本大会に向けた32人の暫定メンバーの一員に選ばれた。 2012年8月15日、イングランドとの親善試合にてA代表デビューを果たした。同年9月11日のワールドカップ予選のマルタ戦で代表初得点を挙げた。


posted by よしき at 23:00| Comment(0) | イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ファビオ・グロッソ(Fabio Grosso)〜イタリア全盛期の左SB〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はファビオ・グロッソ選手です。

イタリア・ローマ出身の元同国代表サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションは主に左サイドバック、左サイドハーフ。

2001年にセリエC2のキエーティから当時セリエAのペルージャへステップアップ。ペルージャ時代にトップ下から左サイドへとコンバートされたことによりその才能をさらに開花させた。パレルモに移ってからはルカ・トーニらと共にクラブの躍進に貢献した。

2006-07シーズンはインテルでプレーしたが、ワールドカップの疲労によるコンディション不良から本領を発揮することはできなかった。シーズン終了後エリック・アビダルを放出して、左サイドバックを探していたオリンピック・リヨンに移籍することに合意。移籍金は750万ユーロ(約12億6000万円)。
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2009年夏にユヴェントスへの移籍が決定。移籍金は200万ユーロ+最高100万ユーロのインセンティブ。2012年末、引退を決断して現役生活にピリオドを打った。

イタリア代表初招集は2003年。マルチェロ・リッピ監督に重用され、2006年のワールドカップドイツ大会ではレギュラーの座を奪取。準決勝のドイツ戦でチームを決勝戦へと導く先制点を決めたほか、決勝のフランス戦ではPK戦の5人目のキッカーを任され成功。24年ぶりの優勝の立役者となった。パオロ・マルディーニの背番号3を継いでいる。

2013-14シーズンのユヴェントス・プリマヴェーラの春季キャンプにおいてアシスタントコーチに就任した。翌年3月11日、プリマヴェーラの監督に昇格した。
【動画】


総合評価
攻撃力【7】
守備力【7】
センス【6】
posted by よしき at 12:00| Comment(0) | イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月21日

ロランド・ビアンキ(Rolando Bianchi)〜早熟のイタリアンST〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はロランド・ビアンキ選手です。

クラブ
育成の名門アタランタBCにて育ち、2006年のU-21 EUROに出場するなど早くから注目されていたがなかなか結果を残せていなかった。転機は2006-07シーズンのレッジーナ・カルチョにおける活躍である。ワルテル・マッツァーリ監督の指導の下でニコラ・アモルーゾと共に2トップを組み得点を量産、カルチョ・スキャンダルへの関与で勝ち点減点のペナルティを受けていたクラブを残留に導く。そのシーズンは自己最多の18得点をあげた。

2007-08シーズンはスヴェン・ゴラン・エリクソンより直接電話でオファーを受け、プレミアリーグのマンチェスター・シティFCへ移籍するが結果を残せず、2008年1月にイタリアの名門SSラツィオへレンタル移籍。ゴラン・パンデフ、トンマーゾ・ロッキとコンビを組み、降格の危機にあったラツィオを救った。
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2008-09シーズンからはトリノFCに加入。再びアモルーゾとのコンビが実現したものの、機能しなかった。後半戦はビアンキが奮闘したものの、クラブは降格となった。

2013年7月9日、ボローニャFCに移籍決定。2014年8月5日から1シーズンは古巣であるアタランタに期限付き移籍の形で復帰した。

2015年8月8日にボローニャを退団。同月27日、セグンダ・ディビシオンのRCDマヨルカに移籍した[3]。初挑戦となったスペインでのプレーは僅か半年で終了。2016年1月20日、セリエBのペルージャ・カルチョに移籍、イタリアに復帰することが発表された。




代表
代表ではU-17、U-20、U-21と各年代の代表チームに選出され、2006 U-21欧州選手権にも出場した。しかし、フル代表歴は無い。

【注目の動画】


総合評価
攻撃力【8】
守備力【2】
センス【7】
posted by よしき at 18:00| Comment(0) | イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月18日

シモーネ・ザザ(Simone Zaza)〜新生アズーリを支えるテクニシャン〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はシモーネ・ザザ選手です。

イタリア・ポリコーロ出身のサッカー選手。セリエA・ユヴェントス所属。ポジションはフォワード。イタリア代表。

2006年よりアタランタBCの下部組織に所属し、2009年4月19日のレッジーナ・カルチョ戦にてセリエAデビューを果たす。




2010年7月にUCサンプドリアへ移籍。2010-2011シーズンはプリマヴェーラでプレーし、2011年7月にセリエBのSSユーヴェ・スタビアにレンタル移籍。ユーヴェ・スタビアでは出番に恵まれず、2012年1月にはレガ・プロ・プリマ・ディヴィジオーネのFCエスペリア・ヴィアレッジョへレンタル移籍した。2012年7月にセリエBのアスコリ・カルチョへレンタル移籍。ここでは35試合18ゴールを記録。
この活躍が評価され、2013年7月にユヴェントスFCとUSサッスオーロ・カルチョが共同保育権を獲得、2013-2014シーズンはサッスオーロでプレー。33試合9ゴールを記録し、サッスオーロのセリエA残留に貢献。2014年7月にはサッスオーロがユヴェントスから750万ユーロで残りの保有権を獲得した。
2015年7月、1800万ユーロでユヴェントスへの移籍が決定。契約は5年間。背番号は7番。
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2014年9月4日のオランダとの親善試合にてイタリア代表デビューし、PKを獲得。続く9月9日のUEFA EURO 2016予選ノルウェー戦では代表初得点となる先制ゴールを挙げ、勝利に貢献した。

【動画】

総合評価
攻撃力【7】
守備力【6】
センス【7】
posted by よしき at 10:00| Comment(0) | イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする