2020年05月13日

アーメド・ムサ(Ahmed Musa)〜CSKAモスクワでは本田の相棒として有名でした〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はムサ選手です。

ナイジェリア・ジョス出身のサッカー選手。ロシア・プレミアリーグ、チェスカモスクワ所属。ポジションはフォワード。

【経歴】
2008年からナイジェリアのJUTH FCでプレーし、翌年はカノ・ピラーズFCに所属した。ここでシーズン18得点し、リーグ最多得点記録を樹立した。2010年の夏、オランダのVVVフェンローに移籍した。10月30日、FCフローニンゲン戦でデビューした。2012年1月13日、ロシア・プレミアリーグの強豪PFC CSKAモスクワに5年契約で移籍をし、スペインで合宿をしていたCSKAに合流した。2012年2月21日、UEFAチャンピオンズリーグ 2011-12ベスト16のレアル・マドリード戦でCSKAモスクワの選手としてデビューを飾り、64分にセク・オリセーと交代するまでピッチに立った。またUEFAチャンピオンズリーグ初出場でもあった。

2013年12月10日、UEFAチャンピオンズリーグ 2013-14グループリーグ最終節のFCヴィクトリア・プルゼニ戦で本田圭佑のクロスに頭で合わせてチャンピオンズリーグ初得点を記録した。

【エピソード】
2013年9月4日夜にナイジェリアの自宅を武装した強盗約10人に襲撃され、現金やテレビ、携帯電話などの貴重品を盗まれたが、家にいた母親は無事だった。

【動画】



総合評価
攻撃力【8】
守備力【6】
センス【7】
posted by よしき at 18:00| ナイジェリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月10日

ケレチ・イヘアナチョ(Kelechi Promise Iheanacho)〜ナイジェリアの超新星〜※動画あり※FIFA20 使用感

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こんにちわ

本日紹介する選手はイヘアナチョ選手です。

ナイジェリア・イモ州出身のプロサッカー選手。プレミアリーグ・マンチェスター・シティFC所属。ポジションはフォワード。

【マンチェスター・シティ】
2014年にマンチェスター・シティFCへ加入すると、開幕前に行われたプレシーズンマッチ「インターナショナル・チャンピオンズカップ」では、ACミランを相手に得点を挙げるなど、実力を証明した。マンチェスター・シティFCを率いるマヌエル・ペレグリーニ監督もイヘアナチョを高く評価しているが、労働許可の問題や負傷などによりデビューが遅れていた。

【19才でハットトリック達成】
2015–16シーズン第5節のクリスタル・パレスFC戦で、公式戦初ゴールをあげる。 FAカップ四回戦のアストン・ヴィラ戦では、先発で出場すると、PKでの得点を含めたハットトリックを達成。チームの4-0での勝利に貢献した。

【代表】
2013年にアラブ首長国連邦で行われたU−17ワールドカップでナイジェリアを優勝に導き、自身も最優秀選手賞に輝いたという実績を持つ。 2015年11月13日のワールドカップアフリカ予選のスワジランド戦で、フル代表デビューを果たす。

【動画】


総合評価
攻撃力【7】
守備力【4】
センス【8】
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2017年10月15日

オジェニ・オナジ(Ogenyi Eddy Onazi)〜W杯の日本戦でも活躍〜

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こんにちわ

本日紹介する選手はオジェニ・オナジ選手です。

ナイジェリア・ジョス出身のサッカー選手。トラブゾンスポル所属。ナイジェリア代表。ポジションはMF。

【代表歴】
16歳の頃にU-17代表として連覇を目指した2009 FIFA U-17ワールドカップに同僚のサニ・エマニュエル(イタリア語版)と共に出場。優勝は逃したものの、チームの準優勝に貢献した。2年後には2011 FIFA U-20ワールドカップへ向けてポルトガルとパナマのトレーニングキャンプに参加していたが落選した。
アフリカネイションズカップ2013予選のリベリア戦でA代表デビューを果たし、出場2試合目となったベネズエラ戦で初得点を記録した。

アフリカネイションズカップ2013のメンバーに選ばれると、グループリーグで先発出場はザンビア戦の1試合のみだったが、決勝トーナメントは決勝戦のブルキナファソ戦を含め全試合先発出場し、優勝に貢献した。

【クラブ経歴】
オナジは、故郷ジョスのペプシ・フットボール・アカデミー(英語版)でキャリアを始め、半年後にプロクラブエル・カミネ・ウォーリアーズ(英語版)の下部組織に入団した。その後、才能ある若手選手を育成するためTBジョシュア(英語版)牧師によって設立されたマイピープルFC(英語版)でプレーするためラゴスに移動した。

ラツィオ
2011年、同僚のサニ・エマニュエル(イタリア語版)と共にSSラツィオの下部組織に入団。すぐさま、印象的なパフォーマンスを見せ加入年にトップチームへ昇格すると、シーズン終盤のアタランタBC戦で90分にセナド・ルリッチに代わりセリエAデビューを果たし、チームはスタディオ・アトレティ・アズーリ・ディターリアで2-0の勝利を収めた。オナジはスティーヴン・マキンワに続いでラツィオでプレーした2人目のナイジェリア人選手となった。

2012-13シーズンは、ヴラディミル・ペトコヴィッチ監督の下でローテーション要因としてプレー。2012年9月21日のUEFAヨーロッパリーグ・トッテナム・ホットスパーFC戦を始め、守備的MFのクリスティアン・レデスマとコンビを組み出場機会が増加した。翌2013-14シーズンには29試合に出場したが、その後は徐々に出場機会を減らしていった。

トラブゾンスポル
2016年8月2日、トルコのトラブゾンスポルへの移籍が発表された。8月20日に行われた開幕戦のカスムパシャSK戦で、トラブゾンスポルでのデビューを果たし、2得点を挙げる活躍を見せた。


【注目の動画】






総合評価
攻撃力【6】
守備力【4】
センス【8】

オナジーは16歳の時、ナイジェリアが準優勝した2009年FIFAワールドカップ(U-17)で国を代表した。しかし、ポルトガルとパナマでのトレーニングキャンプに参加していたにもかかわらず、2年後の2011 FIFAワールドカップU-20ワールドカップで選抜されなかった。

彼はリベリアとのアフリカカップ準優勝試合でナイジェリア代表チームのデビューを果たしました。彼の最初の目標は、フロリダのベネズエラを3-1で勝利させた2度目の国際試合であった。

オナジは、2013年アフリカ・カップオブナイジェリアのために、ナイジェリアの23人チームに呼ばれた[。ナイジェリアの最終戦を含むノックアウトフェーズで、ナイジェリアのすべての試合を1分にする前に、最終的には最終的に再び対戦するブルキナファソとの大会でナイジェリアの最初の試合で代わった。
彼は2013年FIFAコンフェデレーションズカップでナイジェリアの選手団に選ばれた。競争の数週間前に軽いノックを受けたため、トーナメントから逃した。

オナジは、ブラジルで行われた2014年FIFAワールドカップのためのナイジェリアの最終チームに選出され、ナイジェリアが16歳のラウンドでフランスから退去されたため、4試合すべてでスタートした。


posted by よしき at 10:09| Comment(0) | ナイジェリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月22日

ビクター・モーゼス(Victor Moses)〜クラブW杯では来日〜



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こんにちわ

本日紹介する選手はビクター・モーゼス選手です。

ナイジェリア・カドゥナ州カドゥナ出身のサッカー選手。プレミアリーグ・ウェストハム・ユナイテッドFC所属。ナイジェリア代表。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。

生い立ち
ナイジェリアで生まれ育ったが、11歳の時に両親を殺人事件で失いナイジェリアからイングランドに移住した。

クラブ
高校時代にクリスタル・パレスのスカウトの目にとまり、2004年からユースチームに所属した。2007年にトップデビューを飾って以降リーグ戦40試合に出場しており、アーセナル、リヴァプール、バルセロナ、トッテナム・ホットスパー、エヴァートンなどからの関心が伝えられていた。

2010年2月1日、ウィガン・アスレティックに移籍することが決まった。移籍金250万ポンドで契約期間は3年半。2月6日のサンダーランド戦でデビューを果たした。5月3日のハル・シティAFC戦で初ゴールを記録した。
2012年8月、チェルシーFCに移籍が決定。9月15日のクイーンズ・パーク・レンジャーズFC戦でデビューを果たした。11月3日のスウォンジ・シティAFC戦にてチェルシーでのリーグ戦初ゴールを記録した。
2013-14シーズンよりリヴァプールFCへレンタル移籍。
2014-15シーズンよりストーク・シティFCへレンタル移籍 。
2014-15シーズン終了後に一度はチェルシーFCへ復帰するも、2015年9月1日にウェストハム・ユナイテッドFCへ1年間のレンタル移籍を発表した。
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代表
2005年にイングランドU-16代表で初めて代表に呼ばれた。U-17代表では、UEFA U-17欧州選手権2007に出場し3ゴールを挙げトニ・クロースと共に得点王となりチームを準優勝に導いた。FIFA U-17ワールドカップでもチームトップの3ゴールを決めたが、ブラジル代表戦で負傷しその後は欠場。チームは準々決勝でドイツ代表に敗れた。U-19代表ではUEFA U-19欧州選手権2008に出場したがゴールを挙げることなくチームはグループステージ敗退となった。
イングランド代表として着実にキャリアを上げていったが、A代表では故郷であったナイジェリア代表を選択した。2012年2月29日のアフリカネイションズカップ2013予選、ルワンダ戦でナイジェリア代表デビューした。同年10月12日のアフリカネイションズカップ2013予選、リベリア戦で代表初得点を含む2得点を挙げた。アフリカネイションズカップ2013では初戦を除く5試合でスタメン出場、エチオピア戦で決勝ゴールを含む2ゴール (いずれもPK) を挙げるなど、チームの優勝に貢献した。




【注目の動画】


総合評価
攻撃力【7】
守備力【7】
センス【6】
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2016年01月31日

オーガスティン・オコチャ〜アフリカのテクニシャン〜※FIFA21 使用感

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こんにちわ

本日紹介する選手はオコチャ選手です。

ナイジェリア・エヌグ出身の元同国代表サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。

【プレースタイル】
ニックネームはジェイジェイ(Jay-Jay)。元ナイジェリア代表の中心選手。高速ドリブルと変幻自在のトリックプレーで相手ディフェンダーを圧倒する。またプレースキックと強烈なミドルシュートも武器としている。PSGにて1年間、加入したロナウジーニョとプレー。 甥にアーセナルでプレーしているアレックス・イウォビを持つ。

【キャリア】
1990年 地元エヌグのレンジャース・インターナショナルにてデビュー。
1991年 ボルシア・ノインキルヘンに移籍。
1993年 ナイジェリア代表デビュー。
1993年 アイントラハト・フランクフルトに移籍(アイントラハト・フランクフルトの4年間、通算18ゴールを記録する。)
1993年 カールスルーエSC戦にてオコチャは、ドリブルでDFをかき回し、オリバー・カーンからゴールを奪取。このときオコチャは年間最優秀ゴール賞を獲得。
1994年 1994 FIFAワールドカップに出場。
1996年 アトランタオリンピックに出場。金メダルを獲得。
1998年 1998 FIFAワールドカップに出場。
2002年 2002 FIFAワールドカップに出場。
2004年 FIFA 100に選出。
2006年 ナイジェリア代表を引退。
2008年 ハル・シティAFCでのプレーを最後に現役を引退した。

【オコチャダンス】
02ワールドカップの一次リーグ、「対アルゼンチン戦」のナイジェリアが一番印象に残ってます。オコチャを中心に、大胆・且つ繊細にゲームを組立て、あのアルゼンチンを事実上圧倒してました。90分間、一度もオコチャはパスミスもトラップミスも何もかもない完璧なプレーをしたように記憶しています。
1〜2人に囲まれたほうが逆に彼はモードが上がるというか、燃えるというか、真剣になるというか。「1対1で抜いたり、キープしたりしてもしょうがないやろ?」みたいな雰囲気がありました。「やる気になったらゴボウ抜きかて簡単なんや!でもそれって面白ろないやろ?囲まれてから抜かな・・・」っていう雰囲気が。天才
アウト・ヒール・トゥ・どこででもボールを自由に操り、自チームを自由に操り、もちろん敵を恐怖のどん底に陥れる、彼のプレーはめちゃめちゃ印象に残ります。その彼が一次リーグ敗退決定(2敗後)後の最後の対イングランド戦。「ほとんどセンターサークルから出ない・・・」「ボールが入っても「ポーン!」と最終ラインにダイレクトで戻す」「あげくの果てにはボールをキープしながら、スィーパー(旧いですねこの表現)の位置までダラダラとボールを持って最後はやる気のなさそうなボールを前にフィード」

天才です!!

【動画】

総合評価
攻撃力【8】
守備力【2】
センス【8】
posted by よしき at 00:30| Comment(0) | ナイジェリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする